「真魚よ…お主の言うとおり…」
「あの男…面白い男だな」
直人が立ち去った後、嵐がつぶやいた。
「あの男なら、惚れた女の尻を、どこまでも追いかけていくぞ…」
嵐はそう付け加えた。
「なぁ、未羽?」

「知るもんか!」
嵐の言葉に、未羽が頬を赤らめている。
「まあ、形には、こだわらぬようだな…」
真魚が苦笑いをしている。
「家柄とか身分とかにはこだわらぬ、と言う事か?」
嵐が、真魚の言葉をそう受け取った。
「男と女もだ…」
真魚はそう付け加えた。
「女の鷹飼いも珍しいなぁ…」
女が自由に職業を選べる時代ではない。
嵐が言った事実にも、理由があるはずだ。
「今の世は、男が全てを握っているではないか…」
未羽は、その事実が気に入らない様だ。
「男が、握りたいだけだ…」
真魚が、未羽の言葉にそう返した。
太古の時代、男は肩身の狭い想いをしてきた。
原始の時代は、女が優位だったこともある。
その事実は忘れられている。
「そろそろ焼ける頃だぞ…」
未羽が捌いた兎と、芋を焼いていた。
芋は真魚が瓢箪から出したものだ。
「そうか、そうか!」
嵐が待ち望んでいた肉が、目の前に来た。
「これは!美味い!」
あっという間に、嵐がほとんどを食べた。
「神は欲深いのか?」
未羽が、嵐の食欲に呆れていた。
「あるがままだ…」
嵐はそう言って寝転んだ。
「ところで、未羽は大丈夫なのか?…」
「あの男の事か…」
相手が誰であっても、男と女が会う。
そうそう許される事でもない。
「うちには、貴族嫌いの兄がいる…」
「ばれたら…厄介かも知れぬ…」
未羽が残った芋を焼きながら、炎を見ていた。
「腐った果物か…」
全てを、ひとりで背負い込む直人。
失敗から畏れ、逃げようとする…
他の貴族の者の心を、未羽は見たような気がした。
見かけとは違うという、真魚がした例え話。
「あるのかもしれない…」
未羽は直人を見て、そう思った。
「出来なければ…あの男は死ぬのか…?」
未羽が、気になっている事を口にした。
「坂上田村麻呂という男は、骨のある男だ…」
「命まで奪うことはあるまい…」
「だが、それだけに恥をかかすこともできぬ…」
「誰かがそれを畏れている…そういうところであろう…」
真魚はそう見ていた。
「安心しろ、田村麻呂には貸しがある…」
「貸し…だと」
未羽は驚いていた。
ただの貴族が…
征夷大将軍に貸しがあるなど、有り得ないことだ。
「そうなったら…俺が止めてやる…」
未羽は、不思議な感じがしていた。
嘘のような本当の話。
事実とは、到底思えない。
だが、真魚が発する言葉は、嘘ではないような気がした。
「それよりも…だな」
「なんだ…」
未羽は、真魚の表情から何かを読み取った。
「それだけか?」
真魚が未羽を見た。
「なんだ、どういうことだ!」
未羽が頬を赤らめた。
揺れる心の波動を、真魚は楽しんでいた。
「素質はあるのか?奴に?」
「そのことか…」
未羽は安心したように言った。
「それは、佐伯様が、わかっているのではございませぬか?」
未羽は、態と丁寧に言葉を返した。
「面白いとは思っている…」
「それに、未羽、真魚でいいぞ…」
真魚は笑っていた。
ふふふっ
「実は、退屈してたの…」
「面白い事がないのかなって…」
未羽が真魚を見た。
「面白い男には、違いないな…」
嵐が、目を瞑ったままそう言った。
「何だ、聞いていたんだ」
未羽が、嵐を見て笑っていた。
「その木菟に、いつ襲われるかも知れぬ…」
「おちおちと眠ってはおられぬわ…」
木の枝の上に、空が止まっている。
「空は賢いわ、あなたを襲うことなんかしない…」
「神様だもの…」
未羽は、その事実を受け入れていた。

続く…
-この物語はフィクションであり、史実とは異なります。
実在の人物・団体とは一切関係ありません-