「この馬鹿者が!」
清の平手が、千潮の頬を叩く。
「今日はお前のせいで、何もできんかったわ!」
「良いか!朝までにこの亀全部に水をくんでおけ!」

清の暴力と罵声を、千潮は浴びた。
清はそう言い残し、何処かに消えた。
千潮の左の頬が、腫れている。
その頬に千潮が触れた。
「これだけなら…」
千潮の心は澄んでいた。
自らの感情を、そのまま暴力に変える清。
その暴力を、澄んだ心で受け入れる千潮。
「女も…ああなると恐ろしいのう…」
「男など、かわいいもんだ…」
どちらのことを言っているのだろう。
前鬼が、その様子を物陰から見ていた。
千潮が、桶を持って外に出た。
満天の星が、千潮を迎えてくれた。
「ああ…」
『あの光の渦に…溶け込みたい!』
千潮はそう思った。
身体が勝手に動いた。
意味も分からず、両手を広げ…
大きく息を吸い込んだ。
その時…
一つの星が近寄って来た。
「何…」
どんどん大きくなる。
気がつくと、光の渦の中に千潮はいた。
「これって…」
全てが光であった。
光の色がどんどん変わる。
「きれい…」
千潮は目を閉じて、全てを感じようとした。
「心地いい…」
遠い昔、この場所ににいたような気がする。
身体がばらばらになって、溶け合っている。
『一緒にいるよ…』
どこからか、声がした。
言葉では無い。
だが、聞いた事がある。
懐かしい声…
千潮は、その両手で全てを抱きしめようとした。
限りなく…尊く…儚い。
そして…愛おしい。
まだ見ぬ我が子を抱きしめるように、全てを抱いた。
泣いていた。
だが、千潮はその涙に気付いてはいない。
感動の渦の中で、必死に耐えていた。
歯を食いしばって、埋もれていた。
かけがえのないものと、一つになる。
それがうれしかった。
『ずっと、一緒にいるよ…』
声が聞こえた。
その時、千潮は自分の涙に気がついた。
手の平の上で、涙の形が変わる。
光の粒が集まってくる。
どんどん大きくなって、七色に輝いた。
七色の光の珠。
千潮はそれを胸に抱きしめた。
切なく、儚く、尊い…
神の慈悲が、そこに存在していた。
千潮は、それを抱きしめて泣いた。
ただ、泣き続けた。
悲しいからでは無い。
神の心を知ったからだ。
どれだけ時間が過ぎたのかも、わからなった。
気がついた時には、庭に座り込んでいた。
「あ…」
千潮が握りしめていた手を、開いた。
そこには、何もなかった。
千潮が廻りを見渡している。
「捜し物か?」
前鬼がそう言って、自らの胸を指さした。
「えっ!」
千潮が自分の胸元を見た。
涙で着物が濡れていた。
「良い物を…頂いたな…」
前鬼が千潮に言った。
千潮は、自らの涙の痕に、手を触れた。
「あっ!」
千潮が笑った。
その奥に、それはあった。
星の光の中で…
千潮は、美しい心の波動を放っていた。
「なんと…」
その波動の響に、心を奪われた。
「美しい…」
前鬼は、千潮のその姿に見とれていた。
「そんなに鼻の下を伸ばして…」
「どこぞに、美しいおなごでもおるのかのう…」
そう言って、後鬼が現れた。
「うちらも…ぼちぼち仕事をするか…」
千潮に見とれている前鬼の頬を、後鬼がつねった。

続く…
-この物語はフィクションであり、史実とは異なります。
実在の人物・団体とは一切関係ありません-