空の宇珠 海の渦 外伝 魂の器 その十九 | 空の宇珠 海の渦 

空の宇珠 海の渦 

-そらのうず うみのうず-
空海の小説と宇宙のお話






弦と千潮は、仕方なく寺に帰った。
 

寺の少し手前で、前鬼と後鬼の姿が消えた。
 


「朝までの我慢よ…」
 

千潮が弦に言った。
 


それが、後鬼との約束であった。
 


「だけど…」
 

弦が千潮を見ている。 
 


「どうしたの?」

 

「いや…強くなったなって…」


弦は感じたままを言った。
 


「行くか…」
 

意を決して、弦と千潮は門をくぐった。
 



g_tm_19_1_530.jpg




 
弦は、本堂で朝までの正座を言いつけられた。 


「よくもまぁ、神や仏の前で、人を殴れるものじゃ…」
 

弦の顔は、殴られたせいで、少し腫れていた。


後鬼はその様子を、物陰から見ていた。
 


殴る者と、殴られる者。


「弦には、もうわかっておるであろう…」
 

後鬼がつぶやいた。



どちらが次元の高い課題に取り組んでいるか…



それは、誰でも分かるはずだ。
 



だが、弦は、意外に思っていた。
 


もう少し厳しい結果も、考えの中にはあった。
 


足腰が立たないくらいまで、殴られたこともあったのだ。
 


それに比べたら大した事はなかった。
 



ふと、目の前の仏像が目に入った。
 


弦は、その仏像の名前を知らなかった。
 


気持ちの入らない修行。


そんな自分に、呆れていた。



「形はないのであったな…」


真魚の言葉を思い出した。
 


神や仏に形は無い。


形の無い筈ものが、目の前にある。


弦は目を瞑り心の奥を覗いた。



心にも形は無い。
 

だが、存在している。
 

その奥底に向かって意識を向けた。
 

底がない、見えない。
 


「どこまで…どこに、続いているんだ…」


心の端。
 

弦は見てみたくなった。
 

どんどん進んで行く。
 

すると…
 

光が見えた。
 

その光に、目を向けた。



「あれは…あれは…」
 

光が弾けた。


弦は一瞬で、光に包まれた。


気がつくと、金色の世界の中であった。

 

『よくぞここまで…』
 

声がした。
 

だが、言葉では無い。
 

「言葉では無い…声…」
 

聡真や那海が言っていた。
 


金色の光の粒が、舞い下りてくる。
 

弦は、手を広げてそれに触れた。
 

「これは…」


涙が出た。
 

止まらなかった。
 

完全なる慈悲の心。
 

この光の粒、全てがそうだ。
 

その数は…無限。



目の前にある、大いなる光。
 


その形が変化していく。
 

「そうか…関係ないんだ…」


形など意味が無い、必要が無い。
 

絶対的な空間では、形など無意味だ。


必要としているのは、見る側の心だけだ。



『これを…』
 

弦はその声に従った。
 

両の手でそれを受けた。
 

手の上に集まる生命(エネルギー)の粒。
 

それが形になっていく。
 

「これは…」
 

見たことがある。
 

「宝珠…」
 

弦はそれを抱きしめた。
 

その中に込められた慈悲の心。
 

尊く…
 

儚い…


愛しい…
 

その全てに胸を締めつけられた。
 

止まらない涙が、その感動を示していた。
 


それを、抱きしめたまま泣いた。
 

どれだけの時間が、過ぎたのだろう。


気がつくと、元の世界に戻っていた。
 


「何だったんだ…」


弦は、宝珠を持っているはずの手を開いた。
 


そこに、宝珠はなかった。
 


「やっぱり…無いんだ…」


弦は少し落ち込んだ。
 


「気付かぬのか…」


声がした。
 

後鬼であった。
 


「良いものを頂いたのう…」
 

「えっ!」
 

弦が廻りを見渡している。
 


「形の無いものが、この世に存在できる訳がなかろう…」
 

後鬼がそう言って、胸を指さした。
 

「あっ!」
 

弦は思わず両手で胸を押さえた。
 

「ないのか?」
 

後鬼が笑っている。
 

「あ…ある…」
 

弦は泣いていた。
 


「頬をつねってみろ…」
 

後鬼に言われたままに、頬をつねった。
 

「夢じゃ無い…だけど…」


弦は気がついた。
 


「うちの仕事を、取られてしもうたわ…」
 

後鬼がそう言って笑った。


「こんな事って…」
 

弦の頬の腫れが引いていた。
 

弦は、全ての存在に感謝していた。



g_tm_19_2_530.jpg





続く…

-この物語はフィクションであり、史実とは異なります。
    実在の人物・団体とは一切関係ありません-