三輪山の頂上で不思議な人に出会った。
70歳ぐらいの男の方であった。
どういうわけか、頂上付近を行ったり来たり…
何か捜し物かと思い…
「何か捜しているのですか?」
と声をかけてみた。
「やっぱり、それがないとあかんなぁ…」
おじさんから、そう言う答えが返ってきた。
「えっ?」
さすがの私も、この答えの意味が全く分からなかった。
「何のことですか?」
と聞き返すと…
「それや…」
おじさんが指を指した。
三輪山に登るとき、登拝料として300円払うと
鈴のついた襷をもらう。
その事であった。
その襷に登拝者の管理番号がついていて、
事故などが無いようにしている。
たまに持って帰る方がいるらしく、その時はえらいことになるらしい…。
良く見るとおじさんは襷を下げていない。
「それがないと、こっちから下りられへんよな…」
私はそこまで聞いても、言っている意味が分からなかった。
「どういうことでしょう?」
「わし、あっちから上がって来たんや…」
おじさんが、指さす方は行き止まりの筈だ。
だが、それで私は気付いた。
「おじさん、別の所から上がってきたんですか?」
「そうや!」
昔、本で読んだことがあった。
この辺りの山一帯を、原始三輪山(もとみわさん)として信仰の対象としていたらしい。
それならば、他にも登山道があるはずだ、と思ったのだ。
「他にも道があるんですか?」
「あるで、あっちからも来れるしなぁ」
巻向とか長谷寺あたりからも、登ることが出来るらしい。
だが、その道は獣道のようで、素人が行くと迷ってしまうらしい。
昔は修験者も沢山いたであろう。
おじさんの話は面白かった。
「ちょっと思っている事があるんですけど…」
「岩鞍の奥に、まだ何かあるような気がするんですけど…」
以前から気になっている事を聞いて見た。
「ここにはもう無いけど、ずっと行けば大きな岩とか祀ってあるで…」
そう言う意味では無かった…
見えないものの事を聞いた私が馬鹿であった。
だが、この辺一帯が、信仰の対象となっていたということは、間違いないらしい。
そのおじさんに、お礼を言って別れた。
おじさんは反対の行き止まりの方へ向かって歩いて行った。
山を下りながらふと思った。
「あのおじさんは、神の使いではなかったのか…」
神は人を使ってメッセージを伝えることが多い。
「道は沢山ある、無いと思った所にも道はあるのだぞ…」
そう言われているような気がした。
「何かを成す為には、物事を柔軟に考えよ!」
そう言うことだろうか。
おじさんは無事に山を下りられたのであろうか…
「ま、神様がついてるしな…」
そう思いながら山を下りたのであった。