神が必要なもの… | 空の宇珠 海の渦 

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-そらのうず うみのうず-
空海の小説と宇宙のお話






先日、三輪山に行ったときに道を尋ねられた。


駐車場から一つ目の鳥居の前だ。


山に登りたいのだが道が分からないのだという。



話を聞くと昔に密教をやっていた方で、


何かを祈祷しに関東の方から来たようだ。



「密教をやっていたのなら何故自分でやらないのですか?」


そう言うと一瞬怪訝な表情を見せた。


私はその表情の中に「それもありかな…」的な物を読み取った。


祈祷する方の力がどの程度かはそのエネルギー波動でわかる。



その方はエネルギーのことが「分かる人」の様だったので、そう言ったまでだ。


神社の結界の中でさまよう。


そのあと頂上までたどり着けたのだろうか?



そのことがあってふと思ったのだが、「以外とそんなものなのか」と言うことだ。


エネルギーのことが分かっていて使える方が、他人に未来を委ねる。


私的には考えにくい。


神は何を欲しがっているのか?


考えた事があるのだろうか?




三輪山の頂上付近はエネルギー波動レベルが高い。


大抵の方はせっかく登ったのに頂上の社にお祈りをしてすぐ下山する。


中には長い時間休んでいる方もいる。



「わかる方ですか?」


この前、ある方に声をかけてみた。


「いいえ、わからない方です」


その方はそう答えたが、話を聞くと「心地良い」と言っていた。


でも、それはわかっているということだ。


その「心地よさ」の答えがわからないだけのことだ。



心地良い原因がエネルギー波動であるというのが分からないだけだ。


その方は私に「すごいですね…」と言ったが、


私的には「同じです、何も変わらないですよ」と言うことなのだ。



昔、師に「知らぬふりをするな…」と言われたことを思い出した。


その時は何を言っているかは分からなかったが、こういうことかも知れない。



その時にそう感じた。




神は物質ではないのでお金は必要ない。


お金が必要なのは人間だけだ。



では、神は何が必要なのであろう?


これは、「もし自分が神なら…」と考えた方が分かりやすい。



神は皆と共に有るのだ。



即ちそれは共有していると言うことだ。



何を…



そう考えると見えてくるものがある。



神は手を貸さない、見ているだけだ。(神の力を借りることはできる…)



だが、そこに意味がある。



そのプロセスは一人一人の為にあるからだ。



私が神ならこう思う



「一緒に楽しもう、良くも悪くも…」



皆さんはどう考えるだろうか?