突風が吹いた。
その風の勢いで廻りの木が揺れる。
「神の山で人を殺めるとはどういうことだ!」
木の上に人の形をした巨大な影が見えた。
「あ、あ、あ…」
二人の付き人が腰を抜かしたままだ。

「仲成…そこにいるのだろう…」
その影はそう言った。
態とそう言って仲成の心を縛り付ける。
若い付き人だけは平然とその状況を受け入れている。
「あなた様はどなたでござりますか?」
その男が畏れもせず、影に向かって言った。
「三笠山の神じゃ…」
その影の答えに若い男は笑みを浮かべた。
この状況で、恐怖以外に笑えるものはそういない。
「三笠山の神といいますと、建御雷神でござりますか?」
その男は影に向かってに再び尋ねた。
「藤原の一族が勧請した神を忘れたのか!」
神というその影は声を荒げた。
「滅相もございません…」
若い付き人は素直に非礼を詫びた。
だが、闇に紛れたその口元は、かすかに笑みを浮かべていた。
「何があったのでございましょう?」
若い付き人の男が話を蒸し返した。
この言葉でその神は気づいた。
「お主は知らぬようだが、そこの仲成が人を殺めおった…」
「しかも、その穢れた血で…」
「自らの一族が勧請した神の山を穢しおった…」
その神は、態と仲成に聞こえるように言った。
神が『殺めた』と言ったのだ。
紗那の生を信じる者はもういない。
「その者は鬼となって、そこの仲成に付きまとうであろう…」
仲成は牛車の中で恐れ戦いて動けない。
神の言葉が仲成を脅迫している。
仲成にとっては、言葉そのものが祟りなのだ。
だが、若い男にはその言葉が、何かを誘導しているように聞こえた。
「どうすればその鬼から仲成様を救えますか?」
若い男はその意を利用した。
言葉の中に『仲成様』という名を入れた。
これで、どうすれば良いかは仲成だけのものになる。
逆に考えると、仲成が『そうしなければいけない』と思い込む。
次から言うことは全て、仲成が行わなくてはならなくなる。
「このことは誰にも言うな、言えば災いが起こる…」
「分かりました、その通りにいたします」
若い男は素直に返事をした。
「それと、近いうちにある者を向かわせる…」
「仲成様のお屋敷にでしょうか?」
「そうだ、その者は黒い棒を持っておる…」
「黒い棒…ですか…」
若い男は何故かその言葉に惹かれた。
「その者が道を拓く…」
その神はそう言う言い方をした。
「道を拓く…」
若い男はその神の言葉に不思議な感覚を覚えた。
「道を…開く…」
若い男は自らの心に問いかけていた。
神の言葉が引っ掛かっていた。
「お主もその者に逢うが良い…」
「私もですか?」
その声を聴いて顔を上げた時、神の影はそこには存在しなかった。
「なんだったのだ…」
若い付き人は自らの心に向き合っていた。
真魚はそのやりとりを隠れて見ていた。
真魚の側に嵐と紗那もいる。
「ほう…なかなかできる…」
珍しく真魚が感心している。
「お主が人を褒めることなどあったのだな…」
嵐が真魚をからかって遊んでいる。
「仲成殿の付き人の様だが…」
紗那にもその男の記憶は無い。
そこに役目を終えた前鬼と後鬼が現れた。
「面白い男がいるものですな…」
前鬼が真魚に言った。
「神を畏れも見せず…見抜いてもおった」
後鬼がその才を見抜いている。
「そう言うお主らも気づいておったではないか?」
嵐が二人をからかっている
「貴族の中で…腐らぬうちにどうにかせぬとな…」
真魚がそう言って笑みを浮かべていた。

続く…
-この物語はフィクションであり、史実とは異なります。
実在の人物・団体とは一切関係ありません-