我夢は真剣を持っている。
木刀での修行は終わったようだ。
だが、その真剣を地面に向けていた。
地面に向けて何かをしている。

「こんな事が剣術の修行になるのか?」
我夢はその修行に疑問を持っている。
「箸は使えるだろ」
真魚が我夢に言った。
「当たり前だ!」
我夢の顔が赤い。
怒っているわけではない。
うまく行かない。
必死なのだ。
「箸はただの二本の棒だ」
「その棒でさえ上手く使えば道具になる」
我夢は真魚の言葉の意図を汲み取った。
「箸と刀は違う…」
だが、真魚の出した課題は難題であった。
我夢の足下には椚の実がが置かれている。
俗に言うどんぐりの実だ。
この実に刀の切っ先で文字を書けと言うのだ。
「最初は一でいい」
真魚にそう言われたが、その一ですら難しい。
椚の実は転がる。
刀は重い。
我夢の手首に負担がかかる。
刀に力を入れると椚の実は転がる。
追いかければ実は逃げる。
刀とどんぐりの追いかけっこが続く。
体力よりも精神力が保たない。
「本当にできるのか?」
我夢は集中力が切れかけている。
「これを持っておけ」
真魚はそう言って持っていた棒を地面に立てた。
「持ち上げるな、持っておくだけでいい」
我夢は棒を持った。
「刀を貸せ」
真魚は我夢から刀を受け取った。
そして、刀の切っ先を椚の実に立てた。
真魚が手首を数回捻ったように見えた。
椚の実は全く動かなかった。
その実を真魚は拾って我夢に渡した。
「なんだ!これは!」
そこには梵字が書かれていた。
我夢に読めるはずがない。
それよりも、我夢が気に入らないのは真魚が書いた文字だ。
このような複雑なものを書いた事だ。
書は後に三筆と言われるほどの腕前である。
それはもう描いたと言っていい。
天と地ほどの差を見せつけられた。
「まだやるか?」
そう言って真魚は我夢に刀を渡した。
その反動で無意識に我夢は棒を返そうとした。
「なんだ!これは!」
棒はぴくりとも動かない。
「だから言ったであろう」
真魚がそう言って軽々とその棒を肩に担いだ。
「こつがある」
真魚は笑っている。
我夢は信じられなかった。
世の中は広い。
このような男がいる。
この時、我夢は初めて真魚を恐ろしいと感じた。
真魚があの男を畏れない理由。
それを身をもって感じた気がした。
真魚は側の石に腰をかけた。
「俺の知り合いに片腕のない男がいる」
「そいつが言うのだ、時々その人差し指がかゆいと…」
「腕がないのにか…」
我夢は驚いている。
「無い腕で鼻を掻くこともあるそうだ」
真魚はそう言って自分の手を見ている。
「そのうちに殻がわかる様になる」
「殻?」
我夢にはその意味がわからない。
「感覚とはそういうものだ」
真魚の口元に笑みが浮かんでいる。
我夢は持っていた殻を手でなぞってみた。
「こ、これは…」
我夢はその実を見つめたまま動かない。
椚の実には殻がある。
真魚が書いた実には、虫食いの穴が開いていた。
真魚の文字はその穴を避けている。
切っ先でなぞり何もない所に書いたのだ。
見たのではない。
感覚なのだ。
それがわかる。
理屈ではない。
真魚ならそうする。
それが出来る。
我夢はそれを見たまま動かない。
だが、あきらめたのではない。
そこに未来を見つけたのだ。
我夢はその未来を見つめていた。
書かれた文字は刀の動きだ。
その文字を追っている。
真魚が描いた未来。
我夢はそれを追いかけていた。

続く…
-この物語はフィクションであり、史実とは異なります。
実在の人物・団体とは一切関係ありません-