空の宇珠 海の渦 第二話 その三 | 空の宇珠 海の渦 

空の宇珠 海の渦 

-そらのうず うみのうず-
空海の小説と宇宙のお話

  
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前鬼と後鬼に案内されて真魚達は目的の場所に向かった。
 
足下を子犬に戻った嵐がちょこちょこと歩いている。
 
前鬼が歩きながら言った。

 「そうか紅牙を知っておったか」

 「そう言えば昔、変な小僧を見かけたことがあったが、あれがお主とはな」

 前鬼は思い出していた。

 「こんな所にくる子供はよほどの変わり者じゃ」

 後鬼は笑いながらそう言った。

 真魚は黙っていた。
 

 ただ黙っていたのではない。

 役小角のことを考えていた。

 役の行者が作ろうとした世界。

 自分が作りたいと思う宇宙。

 人が支配していると思っているこの世界。

 釈尊やキリストが出現しても何も変わりはしない。

 大いなる苦による輪廻が存在している。

 支配者や宗教者はその世界観を作り上げ、真実をねじ曲げた。
 
 そして、それを存続させるために罪のない人までも利用した。

 なぜ人は苦しむのか?

 肉体を持っているからか?

 欲にまみれているからか?

 のうのうと暮らす貴族達にも苦しみがある。

 食うに困らず、着るものに困らず・・・。

 釈尊が説いた「苦」は我が身から生じると言うことはわかる。

 だが、民衆は生きることで精一杯だ。

 それを分かれと言うのは難しい。

 だが、懸命に生きる人々の輝きを絶えさしてはならぬ。

 そのためには・・・。


 「おい、真魚」
 
 嵐が話しかけてきた。


 「おい、真魚!」


 「何だ」
 
真魚は素っ気なく答える。


 「なんかおかしくないか?」
 
 嵐が何かを感じたようである。

 「!」


 「着いたようだな」

 前鬼が言った。


 「結界だ。」
 
 「これはかなり強力な仕掛けのようだな…」

 真魚は全てを見抜いていた。


 「分からぬものはこの周りを永遠に彷徨い続けるだろうて」

 「しかも、その霊力が強ければ強いほどその効果は高く、縛られるはずじゃ」

 後鬼がそのものに心当たりがあるように、嵐を見ながら言った。  


 「よかったな嵐、俺達が一緒で」
 
 真魚は嵐の心情を逆撫でするように言った。


 「うるさいわ、俺だって知っておったわ!」
 
 嵐が負け惜しみを言う。





 そこは頂上に近い場所であった。

 強力に張り巡らされた結界。

 原生林。

 そのどれもが進入を拒んでいた。

 案内なしではたどり着くことなど不可能な場所であった。

 だが、そんな場所にそれらは建っていた。

 鳥居をくぐるとそこは異次元の空間であった。

 「ほう・・・」

 真魚が思わず声を出した。

 幾つかの建物が立ち並んでいる。

 こんな山奥にこのようなものがある。

 その事実に真魚は感嘆したのである。


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 前鬼と後鬼の姿はいつの間にか消えていた。


 「あやつら俺らを放って行ってしまいおったわ」

 嵐が子犬の姿には似つかわしくない野太い声で言った。

 「どこかに行ってしまった訳でもあるまい」
 
 真魚にはその行き先が分かっていた。




 しばらくすると再び前鬼と後鬼が現れた。
 
 その後ろに一人の男が立っていた。

 真魚よりは五つほど年上に見える。

 目は切れ長で、端正な顔立ちをしている。

 女と言われれば、そうかと思う。

 美しさと切れ味の鋭い刃物の様な、相反する要素を兼ね備えていた。

 長い髪を後ろで束ね、修験者の格好をしていた。
 
 「よく来たな」

 その男は真魚のことを知っているようだ。

 「それにしても、しばらく見ないうちに逞しくなったな」
 
 その言葉には親しみが含まれている。

 「久しぶりだな、紅牙」
 
 真魚は相変わらず素っ気ない。

 「前鬼達に聞いた、少々歓迎を受けた様だな」
 
 紅牙は少々という言葉で状況を濁した。

 「それで紅牙、俺に何の用だ」

 真魚は単刀直入に尋ねた。

 「相変わらず気の早い奴だな、真魚」

 「そう慌てるな、しばらくゆっくりしてゆけばよい」

 紅牙は何か思う所があるらしい。

 「しばらく見ないうちにここも変わった」
 
 真魚は昔見た記憶を辿っていた。


 「役小角様の念の波動が残っている」

 紅牙は辺りを見ながらそう言った。
 
 「小角の念・・・すると紅牙、これは小角が描いた配置か?」
 
 真魚は建物の配置のことを言っているらしい。


 「そうだ、それに書を残されておった」

 紅牙は微笑みながら真魚に言った。

 「書が・・・、紅牙、まさかそれを俺に・・・」
 
 真魚は興奮していた。

 役小角が描いた世界が目の前にある・・・。


 「それだけではないぞ!」
 
 紅牙は真魚を挑発するように言った。


 「他にもあるのか?」

 真魚は驚いた。

 なぜこの俺に・・・。

 なぜこの時期に・・・。

 期待と疑問が押し寄せてくる。

 『お主の道は決まっておる』
  
 師の言葉が響く…


 「見たいか?」
 
 紅牙は意地悪く尋ねる。


 「決まってるだろ。」
 
 真魚は素直に言えない性格らしい。


 「ふっ!変わらんなその性格」

 紅牙は真魚の反応に満足したようだ。


 「悪い、悪い、少々意地が悪かったな」

 「お前の本心を知りたかったものでな」

 紅牙は真魚に詫びた。


 「お前こそ、その疑り深い性格は直らんか」
 
 真魚はばつが悪そうに言った。

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 「とりあえず本尊に挨拶してからだ」
 
 紅牙が蔵王堂に案内をした。


 ここには本尊として三躯の蔵王権現が祀られていた。
 
 
 一行は蔵王堂に入って行った。


 「ほう」

 真魚が口を開いた。


 「いるではないか」

 何がいるのか?


 「だから案内したのだ。お前に用があるのではないか?」

 紅牙が、真魚に言った。


 「俺にか?」
 
 真魚が仕方なしに蔵王権現に向かう。

 三体の内の一番左端の像の前で止まった。

 目を瞑って合掌し像と向き合う。

 金色の光が幕となって舞い降りてきた。

 しばらくそのまま動くことはなかった。

 真魚の瞳が開いた。

 真魚は一礼し、一言つぶやいた。

 「そういうことか・・・」

  「だろう?」
 
 紅牙が真魚に確認した。


 「ああ、そう言うことだ」
 
 真魚は素っ気なく言う。

 「もう帰ったようだな」

 紅牙は現状を把握しているようだ。

 
 「紅牙よ」
 
 不意に真魚は紅牙に尋ねた。

 
 「ここの結界は完璧か?」
 

 「そのはずだが・・・」

 そう言いながらも紅牙は辺りの気配を伺っていた。

 「入る者に取り憑いたりしない限り無用の者は入れないはず・・・」

 紅牙はそれとなく真魚に伝えるべきことを伝えた。
 

 「そういうことか・・・」

 
 真魚は空中の何もない一点を見つめていた。 

  棒を構える。
 


 この時点でこれから起こるであろう出来事を疑う者は誰一人としていなかった。 


  「嵐!」

 真魚が呼ぶ。

 子犬の嵐が飛んだ。

 その背中を真魚の手が叩く。
 
 嵐の目が金色に輝いた。

 躰から銀色の光が溢れ出す。

 それと同時に躰が大きくなっていく。


 「ほう、これは!」
 
紅牙が思わず声を上げた。
 
 
 本堂の入り口部分。

 
 空間に異変が起きた。

 
 黒い陽炎のようにぽっかりと人の大きさぐらいの穴が開いた。

 
 「まさかここに来るとはな!」

 紅牙が叫ぶ。

 「来るぞ!」

 真魚が言った。



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 突然、その中から槍のようなものが飛んできた。
 
 全員かろうじてよけることが出来た。
 
 柱の一本が大きくえぐられていた。


  第二波が来た。


  大きな黒い蟹の爪が出た。

 その爪めがけて嵐が奔った。

 外側から爪にかみついた。

 爪が嵐を振り払おうと大きく動いた。

 「嵐!気を付けろ!」
 
 真魚が叫んだ。

 
 今度は槍の様なものが嵐をめがけて飛んできた。

 
 それを嵐は難なくよける。
 
 「なかなかやるのう」

 前鬼は嵐の動きに感動している。


 「媼さん、前の奴らよりこれはすごいぞ!」
  
 前鬼が言う。
 
 「儂らにはちと荷が重いかのう」
  
 後鬼が前鬼に言った。

 「何を言う、見ておれ!」


 「無理は禁物じゃぞ。」
 
 後鬼が前鬼をたしなめる。


  前鬼が行こうとした時、突然穴が大きくなった。
 

 「おおっ!」
 
 前鬼はとどまった。
 
 出てくるものの気に押されたのだ。
 

 「皆下がれ!」
 
 紅牙が叫んだ。



  どぉぉぉお~

 

 巨大な本体が姿を見せた。

 それは蟹とも蠍とも言えた。

 
 大きな鋏、堅い甲羅の様なもので覆われた躰を持ち、

 棘の様なものが付いた尻尾が二対存在した。
 
 その躰は本堂の入り口を完全に塞いでいた。
 
 
 「面白い!」
 
 真魚は笑っていた。

 後ろに蔵王権現を三躯従え、不適な笑みでそれらを睨み付けた。
 

 「本堂に堂々と入って来るとはええ度胸やな」 
 
 後鬼がいう。
 

 「ここをどこだと思っている」

 「なぁ紅牙」

 真魚は紅牙に言った。
 

 「本堂を壊されて、黙っていることもなかろう」

  そう言うと紅牙は懐から何かを取り出した。
 
 法具の三鈷杵のようだ。

 しかし、微妙に形状が違っていた。 

 紅牙は右手を伸ばし胸の前で三鈷杵を構えた。

 左手で手刀印を組み真言を唱える。


  「オン・マユラ・キランディ・ソワカ」
 
 
 孔雀明王の真言である。
 
 役小角が使ったと言われている孔雀明王呪。

 紅牙が使えても不思議ではない。


  唱え終わると同時に三鈷杵が輝き始めた。

 赤い光の粒が三鈷杵に集まっていく。

 両端に三本ある刃の間から赤い炎が吹き出した。

 だがそれはこの世の炎ではない。

 その瞬間、真魚の持っている棒に変化が現れた。
 
 「ほう」

 真魚は紅牙の言葉を思い出した。

 『それだけではないぞ』

 「そう言うことか・・・紅牙」

 真魚は全てを理解した。


 紅牙の三鈷杵は赤い炎の刃と化した。

 「行くぞ!」

 紅牙が奔る。

 美しい。

 この男は実に美しい。

 儚い美しさの中に鋭い刃の危険さを併せ持つ。

 究極の美が存在する。

 そして、その姿は赤い刃そのものとなる。

 紅牙の刃が足らしきものを切断する。

 それを嵐が食らう。


 紅牙の腕も大したものだが、さすがに嵐の速さには及ばない。

 食べ損なったものは前鬼が斧で刻んでいた。

 だが、切断された場所もしばらくすると再生してしまう。


  「これではイタチごっこだな」

 紅牙が打開策を模索していた。

 真魚は戸惑っていた。
 
 
  棒の共鳴が収まらないのだ。

 
 ここで青龍を使っても良いのか?
 
 または・・・今の感じを・・・。
 
 
 「とりあえずやってみるか」
 
 
 そう言うと真魚は棒を左手で持ち右手で手刀印を結んだ。
 
 棒を胸の前にして呪を唱えた。
 
 棒が光り始め、振動する。

 碧い光が包んでいく。

 溢れるエネルギーで空気が膨張していく。

 そのエネルギーの波動が場を形成する。

 そして、龍の顔が現れた。

 青龍だ。

 青龍の咆吼が大気を震わす。

 「征け!」

  放たれた龍は一直線にそのものに飛び込んでいった。 

 碧い光はそのものを浄化し分解していくはずであった。

 しかし、一向に変化はなかった。

 そのうちに青龍の力が弱まって来た。


 「前の奴らは咬ませ犬か!」
 
 結界を破るきっかけを作り、こちらの力を探る。
 

 「同じ手は通用しないと言うことやな」  

 「戻れ!」

 真魚は次の手を考える。
 
 
 龍は光を失いながら棒の中へ戻っていった。


続く…

-この物語はフィクションであり、史実とは異なります。
    実在の人物・団体とは一切関係ありません-