「すまない、おかげで戻った様だ、礼を言う」
そう言うと真魚は何事もなかったように立ち上がった。
「ほう」
真魚は回復の早さに驚いていた。
全快と言っても良かった。
「媼さんの水もたまには役に立つな」
赤鬼の前鬼がからかう。
「たまにはとはなんじゃ!この理水に何度となく助けられておいてよく言うわ!」
媼さんの後鬼がとがめた。
「そんなこともあったかな?」
都合の悪いことは忘れたふりをする。
だが、これも後鬼には通用しない。
「それはそうとこの子犬、ただの子犬ではないな」
前鬼が真魚に向かって言った。
すでに中身の事を感じ取っている。
前鬼の感覚が並では無いことがわかる。
「俺の連れのものが中におる」
真魚はあっさりと答えた。
ビクリ、としているのは子犬のままの嵐である。
「しかも、かなりの霊力じゃ」
そう言いながら、媼さんの後鬼は中身を探るようなそぶりを見せた。
「やはりな・・・」
大体のことは掴めたらしい。
「お主、兄弟がおるじゃろ」
子犬の嵐に向かってそう尋ねた。
「なぜそんなことがわかる」
今まで無邪気な子犬のふりをしていた嵐が口を開いた。
「やはりそうか」
後鬼は確信を得た。
「お主と同じ臭いのする獣を知っておる」
後鬼は続けた。
「その昔、小角様を守るために我らは同志として戦ったことがある」
「結局、小角様は母君を人質に取られ、わざと囚われの身となってしまったが・・・」
「確か青嵐とか言っておった」
後鬼はそう言った。
「兄者じゃ」
嵐は遠い記憶を語るように言った。
「兄と言っても双子の兄じゃ。」
「我らは天と地、陰と陽、対極と言っても良い」
「元々我らは一つじゃ」
嵐が淡々と答えた。
「その話は初耳やな」
真魚が話に割って入った。
「お主に言うほどのことでもないと思ってな」
嵐は真魚に言った。
「なかなか面白い話ではないか」
「双子の兄がいたとはな」
真魚はその視線の先にある何かを見据えて言っているようだ。
「それよりも・・・」
「!」
「!」
一瞬、皆動きを止めた。
ポン。
真魚は嵐の背中を軽く叩いた。
その瞬間。
嵐の目が輝いた。
金色に・・・。
そして、躰が輝いていく。
銀色に・・・。
それと同時に躰が大きくなっていく。
膨れあがるエネルギー。
躰が大きくなるにつれて膨れあがっていく。
溢れるエネルギーで空間が歪んで見える。
真魚の背丈と同じくらいになった時、それは収まった。
「ほ~大したもんじゃな」
前鬼が感嘆の声を上げた。
「ほんに青嵐そっくりじゃ」
媼さんがいう。
「真魚、遅いわ」
嵐は愚痴った。
「やっと飯だな」
そう真魚が言ったとき、それは起こった。
突然目の前に闇が訪れた。
空間にぽっかり人の背丈ほどの丸い穴が開いた。
闇の穴だ。
その穴は生きものの様にうねりながら、そこにとどまっていた。
「来るぞ!」
真魚が皆に言った。
ぺろりと嵐は口を舌で舐めた。
「ほ~い」
前鬼はわくわくしていた。
「ほどほどにしときや!」
後鬼は前鬼をたしなめた。
闇が揺らめいた。
その瞬間。
どおぉぉぉ~!!!!
闇から黒い何かが吹き出した。
それは止めどなくあふれ出してきた。
かなりの量である。
黒い何かはだんだんと形を取り始める。
蜘蛛の様でもあり、百足のようでもあり、蛇やその他の動物の様でもあった。
元々それらに形など存在しない。
見る側のイメージが形を決める。
禍々しい恐怖が詰まっていれば、見る側の恐怖が反映され形を作り出す。
見た者の心の弱い部分が如実に形となるのである。
見る側の一番恐ろしいもの・・・。
それは真の恐怖そのものである。
そんな固まりが寄り集まってうじゃうじゃと蠢いていた。
閃光が奔った。
嵐が動いたのだ。
その速さはこの世界のものでは捕らえることすら出来ない。
光そのものと言っても良い。
「お主は人気ものじゃな!」
前鬼がそう言って楽しそうに斧を振り回していた。
真魚は棒を地面に立てたままであった。
棒を立てて持ち、ただそれらを見つめていた。
目をそらすことはない。
ただ、笑っていた。
真魚だけが笑っていた。
「あちらからもお出迎えとはなぁ~」
媼さんの後鬼はあきれていた。
嵐は食っていた。
出てくるものを片っ端から食っていた。
ただ、その量が多すぎる。
神本来の姿に戻った嵐であっても、その量をもてあましていた。
前鬼は斧でそれらを切り刻んだ。
今までの鬱憤を晴らすかの様に楽しそうに斧を振っていた。
「みんながんばれ~」
媼さんの後鬼はひたすら後方支援のようだ。
嵐はまだ食っていた。
どれだけ食ったら気が済むのか
しかし、その勢いも翳りを見せ始めていた。
真魚が不敵な笑みを浮かべながら口を開いた。
「嵐、満腹か?」
そう言うと棒を左手に持ち、目の前まで持ち上げた。
右手で手刀印を組み呪を唱えた。
「東の碧き神よ!我にその力を見せよ!」
ブーン
棒が震えた。
その振動が大気を伝わり、場を作って行く。
碧い光の粒がその周りにまとわりついていく。
どんどん大きくなる。
それが真魚と同じぐらいの大きさになったとき、揺らめいた。
揺らぎながら形を取り始める。
エネルギーが溢れていく。
棒は青白く輝きだした。
碧い光はやがて形を留めた。
「ほ~これは見事じゃ!」
前鬼は賞讃の声を上げた。
龍の顔であった。
青龍だ。
青龍が口を開け、金属同士がぶつかった様な甲高い音で咆吼した。
「ギャイーン」
その波動が周りの空間を震わせる。
咆吼と同時に青龍は天に向かって飛び上がった。
天空で一回転した青龍が真魚の頭上で浮遊している。
蠢く禍々しいモノたちは青龍を見て動きを止めた。
次に何かが起こる。
真魚は棒を両手で持った。
「征け!」
そう言うと真魚は棒を振り下ろした。
碧き龍は鋭利なアギトを開けたまま、光の固まりとなって闇に向かって飛び込んでいった。
前鬼と嵐は慌ててその場を飛び退いた。
「こ、こら!真魚!」
嵐が叫ぶ。
「ひえ~わしらを殺す気か」
後鬼も叫ぶ。
禍々しいモノたちの真ん中に大きな口を開けて碧い龍は飛び込んだ。
そのもの達は為す術もなく龍に取り込まれていった。
悲鳴とも叫びとも呼べる音が響き渡る。
龍の躰が輝きを増す。
その光が元に戻ると同時に龍は穴から首を抜いた。
顔を真魚達に向け咆吼した。
真魚が呪を唱えた。
一瞬、龍の躰が光った。
やがて、光の粒となり真魚の棒の中に吸い込まれていった。
そして静寂が訪れる。
最初に口を開いたのは前鬼であった。
「面白いものを持っておるな」
前鬼は真魚の棒を見ながら言った。
「長い間生きておるが、初めて見るものじゃ」
後鬼も感心していた。
「真魚殿、わかっておると思うが今のは使い神じゃ」
「しかも、その主はそんじょそこらの奴ではない」
前鬼は真魚に言った。
「ああ」
真魚は理解していた。
「しかし、この金峯山に穴を開けるとは・・・」
「お主の選んだ道は・・・」
前鬼が言いかけて止めた。
真魚はただ笑っていた。
「お主は面白いな」
前鬼が言った。
「お主なら出来るかもしれん」
後鬼が言った。
「小角様が果たせなかった世界」
いや、お主しかいない。
前鬼と後鬼は確信していた。
続く…
-この物語はフィクションであり、史実とは異なります。
実在の人物・団体とは一切関係ありません-