こんにちは。
断捨離実践中のつのだです。
断捨離を実践して学ぶようになってから、
2年が経ってるのかな。
自宅も「断捨離空間」とはなって
いないけれど、
それでも自分の居場所が出来て、
家全体の重量は以前より軽くなっていると思う。
(*画像はイメージです)
要らないモノが少なくなって、
自分と人生を共にするモノを選んでいく。
でも、それも「今」にフォーカスして
いるだけで、気持ちも変わり、
環境も変化し、いずれ別れを告げることも
あるだろう。
自分の人生と共にあるモノとは、
いずれにしても、そう数は多くないのだろう。
モノと向き合い、自分を見ていくことで、
気持ちにも空間が出来て、
ものの見方、捉え方が変わってくる。
それは、本当に不思議だけど、
断捨離を実践していけば、自然とその
道に進んでいく、プロセスなんですよね。
今、思うことは、
自分がどう在りたいか、軸が決まれば、
どう転んでも大丈夫。なんじゃないかなと。
決めたことにイチイチこだわらなくてもね。
例えば、サロンの玄関の水拭きも、
もう習慣になっている。
もう絶対欠かさずしなければならない!!
となると、苦しくなるような。。
でも、続けらるのは、
「体調悪かったら、履くだけにしよう」とか、
「たいぎくなったら、やめる日があってもいいよ」
と、自分に許している部分があるから。
誰に強制されたわけでもなく、
自分がしようと決めたことだから、
止めようが、どうしようが、誰に
責められることもない。
やらない自分、出来ない自分を責めるのは、
自分自身だけだ。
夏はしんどくて、少しの間、履くだけに
したけれど、それで罪悪感を感じることはない。
その分、他の場所の掃除をしたり
出来ました。
以前なら、「そんなことじゃダメじゃん」
って自分を責めていたと思う。
でも、どうしたいんだっけ?
と自分に問えば、
「玄関は履いて、水拭きしてお客様を
お迎えしたい」
それが望み。
だから、いつでも立ち返ることが出来る。
気持ちの空いたスペースは、
自分の許しの余白でもあるかもしれない。
なんて、自分都合の良い解釈かも 笑
でも、心にその余白があるから、
どんな時も、自分をごきげんに過ごせて
行けるんじゃないかな。
本当に必要なモノは、そんなに多くないように、
本当に心の底から自分が決めることも、
そんなに多くはないような気がする。
それだけちゃんと軸があれば、
あとは、常に変化していくものだから、
変わっても良いんじゃないかと思う。
決めたことに縛られてしまうなら、
本末転倒だ。
私は、それを自分に許したいと思うのだ。
BS朝日毎週水曜日夜9時~
断捨離トップトレーナー南前ひとみさん
