【能登半島地震:輪島市訪問メモ】
人もあまり見ないし、お盆だからか重機も動いておらず、とにかく輪島市は静かな印象。渋滞などもなかった。輪島市内で私が動いた範囲内では街中でボランティアなどの活動を見なかった。
公費解体したくても、解体業者が見つからず、多くの市民も市役所も困っていた。
国の制度により、申請時に実印や印鑑証明など、平時の対応を有事にも求めている状況などがようやく改善されてきたが、時間が掛かった。
そもそも職員数、特に土木などの専門職が少ない被災過疎自治体に、災害初期のリーダーシップを求めることが無理。
最初のプッシュ支援の後は、国は受け身過ぎる。災害支援における国と地方の役割の最適化が必要。
新築木造の仮設避難所が完成していた。
1月という寒い時期の2次避難は当時として必要だったと振り返る市長の苦悩。一方、広域避難をすることで、多くの若い人が流出して高齢者が残った。
大阪プロレスが復興支援大会を開催して喜ばれていた。
被災した飲食店や漁師がクラウドファンディングで資金調達してオープンした居酒屋が開店したばかり。美味しいランチをいただいた。
水道は応急復旧により断水が解消。ただし施設全体の3割が損傷した下水道は復旧途上。このため水は使えるが流せない状況も生じている。今後、避難者が家に戻り始めるとより顕著な課題になりそう。
福岡市から輪島市に長期派遣している3人の職員が現地で一生懸命頑張ってくれていて誇らしかった。
福岡市長 高島宗一郎










