昨日は母の日でしたね。
息子は幼い頃から母の日など
全然興味がないらしく
何かもらったりした
ことはないのですがww
今日はなんと
アイスクリームを
買ってきてくれました。
嬉しい・・・![]()
息子は
母の日を意識したわけでは
なかったようですが
これが母の日の
贈り物ということで
ありがた〜く
いただきました^^
美味しかったです。
( ̄▽ ̄)
母の日、ということで
母について今思うことを
書いてみようと思いました。
最近思ったのです。
「私、母にそっくりだなぁ・・・」
って。
細かいところ
うるさいところ
不安が強いところ
思い通りにならないと
怒りをぶつけるところ。
母のそういう面、
すごく苦手だったのに
自分がその母と
「同じ」だなんて・・
そのことに
気がついたときは
なんかちょっと
ショックでした。
でも、
それと同時に
頭に浮かんだのは
「母を許す」という言葉。
心のことを学んでいたときに
良く言われたことです。
「母を許せないということは
自分を許せないということだよ」
って。
そう言われるたびに
なぜか心がモヤモヤして
母を許さなきゃ
母の良い面を
見られるようにならなきゃ
って、何気に
ガンバっていたと思います。
で、
そういう風になかなか思えない自分を
責めて苦しくなっていたなぁ。
心理学あるあるかな・・・?(苦笑)
でも、
あの言葉ってちょっと意味が
違うんだなぁと思ったんですよね。
本当のところは
もっとシンプルで
母を許すとか許さないとかって
そういうことじゃなくて
ただ、
母(のそういう面)が
どんなに苦手でも
自分も同じような面を
持ってしまっているから
母を許せないということは
自分のそういう面も
許せないということだから
自分を好きになるために
母のそういう部分も
「受け入れられたらいいね」
みたいな意味だったのでしょう。
でも、
心のことを
やっているときには
その言葉はもっと重くて
いつまでも
「母を許せない自分」は
ダメな人よねって
言われてるみたいで
とても悲しかったです。
あれから(心ことを止めてから)
ずいぶん時が経ちましたが
今はそういう
「許さなきゃ」とか
「愛さなきゃ」とか
そういう思いは
ずいぶん薄れました。
母と同じような
面を持っていることを
「いやだなぁ」とは思いますが
でも、
自分が同じような面を
持っていることと分かったことで
母の言葉や行動の理由が
なんとなく理解できる
ようにはなりました。
まぁ、だからと言って
母のそういう面を
好きにはなれませんけど。
今もやっぱり
苦手なものは苦手
イヤなものはイヤです。
でも、
それでいいやと
思っています。
今では、心のことを
やっていた時みたいに
自分を
好きになれるように
母を許さなきゃ
なんて思いません。
でも、逆に
母と同じことを考え
行動してしまう自分を
責めたりもしません。
自然に思うままに思い
行動しています。
でも、それは
母を良く思わなきゃ、
母を許せない自分はダメ、
と思っているうちには
絶対にできなかったことでした。
とても逆説的だけれど。
今思うのは、
頑張って
好きにならなくていい、
許さなくてもいいということ。
母も自分もです。(笑)
「許せないもんは許せない!」
で、いい。
だって
それが自分に対する
「許し」だから。
お母さんを許せないなら
その「許せない」が素直な気持ち。
その自分の
「許せない気持ち」を
大事にしないで
誰かを許せるようには
ならないんだなぁ、
・・・と、
そんな風に思えるようになってから
私はずいぶん楽になりました。
許すという言葉は
一見とても美しいのだけれど
その言葉が
美しくて正しい分
使い方によっては
人を傷つけてしまうことがある。
許せなくて苦しんでいる人を
より苦しめてしまうことがある
気をつけなきゃいけない
言葉だなぁ・・・と
ずっと心のことをやってきて
感じたことです。
母のことから心のことに
話がずれてしまったけれど
このことがずっと
書きたかったので
うん、すっきりした〜。
母とは今は適度に距離をおいて
付き合っています。
その適度は仲良しの
母娘さんからしたら
遠いのかもしれません。
でも、
一時親と音信不通に
なってしまった経験がある私〜。
連絡を取れてるだけでも
ものすごい進歩です。
親子関係も人それぞれ。
距離も関わり方もそれぞれ。
うん、それでいいと思います。
(▰˘◡˘▰)
今日もお読みいただき
ありがとうございます。
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