意識には時間の概念がなく、
すでに「ある・叶っている」が大前提
なのはわかった![]()
では、そのすでに「ある・叶っている」を
エゴが体験するにはどうすればいいか。
ここが多くの人々が疑問として抱くところでしょう。
エゴにはどうしても時間の概念があるので、
「ある・叶っている」を認め・受け入れたところで
その瞬間に「ある・叶っている」を体験できません![]()
残念ながらそのベストタイミングやプロセスは
意識に委ねるより他はなく、
エゴがコントロールできるものではないのです![]()
エゴとしては「今すぐに」「なる早で」と思いますが、
エゴの思う・期待する・想像するベストタイミングが
意識のベストタイミングと一致するとは限りません。
この齟齬が多くの人々が苦しむところだと思います。
でも、そこで苦しむのは時間とエネルギーの無駄です![]()
エゴにはコントロールできないのですから、
意識に丸投げしつつ、
エゴがラクに感じる姿勢でいればいいのです。
そのパターンとして大まかに考えられるのは、
すでにあり、叶っているのですから:
① 現実はどうでもいい。
② 今まで通りに生きる。
③ それに沿って現実が動いていくのを楽しみにする。
④ いい気分、イメージング、アファメーションをして過ごす。
といったところでしょうか。
これはあくまでも例であり、他のパターンもあるでしょう。
しかし、意識に完全に丸投げすると、
自然に①か②になる可能性が高いです。
なぜなら、意識がエゴの思考・感情をも
コントロールするからです。
まず、すでに「ある・叶っている」ので
それが当然・自然だし、安心感があります。
そもそも、不安、不足、不快、焦燥、恐怖、絶望、
後悔、嫉妬……などのあらゆるネガティブな感情は
エゴが自主的に感じているもので
意識によって感じさせられているものではありません。
そして、感じさせられた感情・思考をベースに行動する、
つまり、意識に行動させられる形になります。
自然に思考・感情・行動がともなっていくのです。
参考記事:
ただ、エゴは意識に動かされていると思っていませんから
「自分で考えて行動した」と思うでしょう。
でも、それでいいのです。No Problemです![]()
そこはエゴの手柄にしてあげましょうwww
一方、③④はあくまでもエゴ視点のパターンで、
意識に丸投げしきっていないといえるでしょう。
また、エゴの体験が最終目標になっている状態です。
でも、エゴがラクに感じつつ、「ある・叶っている」を
取り消さなければいいのですから、NGではないです。
B U T
エゴに見える現実がエゴの期待・想像通りにならないと、
やがて不安・不足・不快・焦燥などの感情が生まれ、
「ない・叶っていない」に戻ってしまう可能性があります。
エゴの体験が最終目標になっていると、
エゴが体験しない限りは満たされないのですから、
どうしてもこういうパターンになりやすいのです。
なので、エゴの体験を最終目標にしないことが
どうしても大切になってきちゃうんですよね。
ここでいうエゴの体験とはいわゆる「現象化」です。
だから、これまでに何度も書いていますが、エゴ的には
「現象化したら嬉しいけど、しなかったらそれはそれで」
といった、最初から期待しない程度がちょうどいいのです。
とはいえ、「期待するな」と言われたら、
エゴが納得しないでしょう。反発するでしょう。
「俺の最終目標をないがしろにすんな![]()
![]()
」
「目標が達成されなかったら意味ないだろ![]()
」と。
いや、だからね、エゴさん。(急にここから対話形式w)
意識には時間の概念はないのよ。だから、
その目標はもう達成されているのよ![]()
それはけして概念的な意味合いではなくて、
「現象」「実体」としてもあるのよ![]()
それでもエゴは自分には見えないし、
体感がないからと納得しないでしょう。
「は
『現象』『実体』だああああ![]()
お花畑な妄想の中で生きていけというのか![]()
」と。
あのね、エゴさん。
あなたのいうその「妄想」こそが真実なのよ。
すでに現象、実体としてある、それが真実なのです。
まあ、じゃあ「妄想」でいいでしょう。
あなたが今体験している「ない・叶っていない」も、
あなたのいう「ない・叶っていない妄想」が
「現実」として反映されているものです。
なぜ「ない・叶っていない妄想」は受け入れられるのに
「ある・叶っている妄想」は受け入れられないの![]()
意識にとってはここが大きな謎です![]()
……こんなふうに、エゴと意識はお互いに「?」ですし、
エゴにはそもそもコントロール権はないのですから、
意識に丸投げするのがベストなのです![]()
参考記事:
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今回は「スージーのこまごま願望実現日記」ではなく、
ここ数年間ずっと気になっていることを書きます。
お悩みの内容をメッセージで送ってきた直後、
私が返信をする前に、ご相談文を送ったことを
「やはり返信は不要です」といったニュアンスで
謝罪される方が結構多くいらっしゃいます![]()
中にはアメブロのアカウントごと消えてしまう方も![]()
これはあくまでも私の想像ではありますが、
おそらく、メッセージを送信された後に冷静になって、
後悔、罪悪感、羞恥心などが生まれるのかもしれません。
確かにお悩みを解決して願望を叶えるのはご自身です。
でも「スージーから返信・アドバイスをもらう」という
ほんの小さな、些細な願望すらも、
叶えることをご自身で拒否していることに
まずは気づいていただけたらと思います。
いわゆる「本願」を本当に叶えたいのであれば、
自分はどんな願望でも叶えていいのだと、
どうぞご自身に許可を出してくださいね![]()
とはいえ。これは切実なお願いなのですが、
メッセージの送信ボタンを押す前に、
今、そのご相談文を本当に送りたいのかどうか
一度よくお考えになってくださいね![]()
また、お知りになりたいことをキーワード検索するなどして
ブログ最新・過去記事や、余裕があればコメント欄も
読んでいただければ、ブロガーとしては大変嬉しいです。
読者様にはいつも心より感謝の念をバシバシ送っています![]()
いつもコメント、リブログありがとうございます![]()
この場でいうのもなんですが、心の底から感謝申し上げます![]()
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記事を気に入ってくださいましたら応援してくださると舞い上がります![]()
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