妙心寺周辺散策 その1―2 花咲き誇るお寺―後編―(法金剛院) | レレレの行ってみたらこんなとこ!

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散策で主に史跡、神社仏閣を巡ってます
各地のガイドマップに載っている史跡、山川出版社から出ている歴史散歩シリーズの画像補完計を秘かに計画しています(笑)
ドライブの一助になれば幸いです(^^)
愛書家(読書家とは違います(笑))なもんでたまに本のことも書いてます

前回からの続きです
法金剛院の庭園は特別名勝にしてされてます

こちらの庭園は復元整備されたものですが、造られた当初(平安時代)の作庭家が分かってる数少ない庭園なんだそうです
造られたのは仁和寺の大徳寺静意(じょうい)
(京都大知典参照)

その石碑の横には、やはり壊れた石仏

でもこちらもちゃんと花が添えられています照れ

その先にあった石像群(゜ロ゜)

赤い前掛けが真田の赤備えみたい( *´艸`)

本堂?の階段を上がって、後ろにある宝物館?へ

本堂横にあるこの赤いのは南天なのかな?
背は低いものでしたf(^ー^;

こちらに仏像が収められています


その右横の建物にも仏像があります

いろんな地蔵菩薩さまや閻魔さまがおられましたよ

仏像を拝観したあとは、庭園を巡ってみます


苑池の奥には青女(せいじょ)の滝

水は流れていません
帰りに話してたら、よほど雨でも降らない限り最近では水が流れることがないそうです
( ´~`)
こちらも庭園同様造られた人が分かってるそうで、林賢という人物
石組は当時のもので、日本最古の人造の滝ということです!びっくり

待賢門院の歌碑

こちらのお寺は、平安の初め右大臣の清原夏野(きよはらなつの)が山荘を建て、死後、お寺(双丘寺)にされたそうです
この頃からいろんな花が植えられ、天皇の行幸もあったそうです
寺にある内山からの景勝を愛でられた仁明天皇からその景観に五位の位を授けられので、五位山と山号がついたそうです
次いで文徳天皇が大きな伽藍を建てられ天安寺
平安末期に待賢門院(たいけんもんいん)が天安寺を復興して、法金剛院となったそうです
(由緒書き参照)

タイトルには花咲き誇ると書いてますが、なんせこの時期だから咲き誇ってません
タイトルに偽りありです(;^_^A
でもこちらは別名・蓮の寺とも言われるくらいなので、特に蓮の時期は見事なもののようです
なんせ山荘時代から、世界中の蓮が集められてたそうですから

ただ椿はかろうじて一部で咲いてました( ̄∇ ̄*)ゞ


本堂側対岸より
池の中央には亀島があります

そこには渡ることも出来ます


そこからの景観

苔もこんな感じで庭園にあったりします



話を聞いてたら、やはり桜以降から花が楽しめるみたい♪
今度はそれ以降に行かないと(^_^ゞ

由緒書き
そうそう、こちらの地名は花園
山荘時代から美しく珍しい花が植えられていたため「花園」と言われるようになったそうです
(たびカル 京都のお庭参照)
更に調べてると、この辺りに花園天皇が離宮を建てたからというのもありました

こちらの御朱印です
おそらく京都十三仏霊場も印が違うだけだと思いますが、頂くの忘れてました
( ´~`)

こちらで買った絵はがき(500円)
中は仏像を中心にして8枚収納されています
絵はがきには蓮バージョンもありましたよ照れ

次回は地味にこの周辺を巡ります
では、またぁ~(* ̄∇ ̄)ノ