世界中の経済活動や人の移動が止まっている今、時代の節目を感じずにはおれない。
世界的な動向とは別に自分の足元でも変化が起こった。
自宅からの風景の主役であった牛舎とサイロ。
私たちにも短かい間ではあったけど愛着のある建物だ。
北海道でよく見かける独特の屋根型はマンサードと呼ばれるもので、
干し草を保管するために柱のない空間が必要で考案された工法である。
木造トラスのような構造で内部は舟の底や礼拝堂を思わせる美しさがある。
この空間を展示などに使いたいと思ってはいたのだが、
小さな体育館ほどの広さがあり、なかなかハードルが高い。
これだけの空間を使うにはそれなりの力のある作家でなければならないし、
それなりに経費もかかる。
作家にもこちらも手弁当では負担が大きい。
そんなわけで結局うまく使えないままであった。
家主さんの決断で解体撤去となった。
最後はあっけないほどに早くに解体された。
喪失感は大きいが、そこに現れた視界もまた新鮮であった。
リーダーやスターのような存在を失った組織はガタガタと力を失うことが多いが、
不思議なことに新たなスターやリーダーが現れてくることがある。
たとえば。
フロントスターのPeterGabrielを失ったGenesisは、起死回生の策でドラマー、フィルコリンズをヴォーカルとして延命したが、Genesisはヒットを飛ばし、その彼が押しも押されぬスターになったのは巷の音楽ファンでもよく知っているだろう。
主役であったサイロや牛舎が失くなったあとに、一本の木が存在感を見せ始めている。
牛舎やサイロの存在感の前に脇役に甘んじていた木。
まるで私たちの懐古的な気持ちを突き崩すように建物が解体され、
広く視界が開け、私たちの意志のように危うくも自立して立つ木。
ちょうど、山や森など自然への畏敬を改めて認識している折のことでもある。
自然の営みをたよりに行き先の不透明な未来に向かっていく。
目の前の風景の変遷がとても象徴的なことのように思えてならない。

