同じ出来事でも人によって反応が違う。
なぜなんでしょうか?
今日はそんな反応から見えてくる
思い込みや未消化の感情についてのお話です。
例えば、
「おはようございます」って挨拶したのに、
挨拶が返ってこなかったという場面。
そんなとき、あなたらどう思いますか?
「あれ、挨拶したのに聞こえなかったのかな?」
と特に気にしない。
それとも、
「私、何か気のさわることでもしたかな?」
「何か不快になるようなことでも言ったっけ?」
「もしかして、私嫌われている?」
そんな思いを強化させてしまうこと
ないでしょうか?
昔の私は後者のほうで、
よくそんなネガティブな思いを
強化させていたのですね。
同じ出来事(今回の場合だと挨拶したのに、
挨拶が返ってこなかった)でも人によって
反応が違うのは、過去の体験によるものと
考えられています。
その時(過去)に思ったことや感じたことが
人それぞれ違うからなんですね。
そして、そこから見えてくるのが、
どんな思い込みや未消化な感情が
自分の中にあるのか
未消化な感情とは、
本来その時に感じるはずだった感情のことで、
まだ処理できていない、
つまり、まだ感じられていない感情のことを
言います。
さっきの私の場合でいうと、
「私は嫌われている、嫌われやすい」
そんな思い込みを昔もっていたので、
挨拶して相手から挨拶が返ってこないと
「もしかして私嫌われているかも。。。」
よくそんなふうに思うことが多かったのです。
また、
「私何か気のさわることでもしたかな?」
「何か不快になるようなことでも言ったっけ?」
これについても、
「私は人を不快にさせたり、怒らせる」
そんな思い込みも持っていました。
「私は嫌われる、嫌われやすい」
そんな思い込みがあるわけですから
私の中には「怖れの未消化の感情」
があったんですね。
嫌われるのが怖かったですから。
反応から見えてくる思い込みや未消化の感情。
表れる反応が人によってちがうのは、
そんなことが考えられるわけなんですね。
なので、自分がなぜそんな反応になるのか、
よく意識してみると持っている思い込みや
未消化の感情に気づくことがあります。
そして、反応はパターン化されていることが
多いので、自分の反応パターンに気づいたり。
私の反応パターンが
「もしかして私嫌われているかも?」
「私何か気のさわることでもしたかな?」
「何か不快になるようなことでも言ったっけ?」
これが何かある度に
自動的に起こっていたので
当時はホントしんどかったです(-。-;
反応するということは、
そこにどんな思い込みや
未消化の感情があるのかを教えてくれる。
そう思うと意味のない反応なんて
ないのですね(^_−)−☆

