父の13回忌の法要に四天王寺にお参りに行ってきました。
丸12年が経ったんだなぁってぼんやり思っています。
あの日、私はセミナー会場に向かっていました。
受講予定の方々に迷惑をかけてはいけない、セミナーを遂行することの方が正しいんじゃないか、そんな風に思ったりもしました。
いやでも違う
そう思い直して主催者さんに連絡をして謝罪をして延期をお願いして、来た道を大急ぎで戻り、家族と合流して病院に向かいました。
そして最後の頑張りをしている父を家族全員で見守り最期の時を迎えることができたのでした。
当時、反抗期真っ只中の息子は、私達が父のお見舞いに行く時に一緒に行くことを拒んでいました。
「そのうち行く」
そう言っていました。
元気だったジジがそんなに急に悪くなるなんて思ってもいなかったのでしょう。
(私達もそんなに急に逝くとは思っていませんでした)
息子にとっての初めてのお見舞いが最期の時になってしまいました。
恐らく彼の心に強く刻まれたものがあったんだと思います。
その4年後に母が危ないかもと言われた時、学校を休んで病院に行くことを選択し、義母が倒れた時も自分の意思で上司の許可をとって直ぐに東京から愛媛に移動してきましたから。
「またね」と言っていた人に会えなくなった、という経験は年齢を重ねる毎に増えてしまっています。
『会いたいな』って思った時には会いに行くようになりました。
“今を大切にする”
胸に刻んでいます。
