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お料理男子、佐々木さん7の続きです。

自分でも引くくらい、音が聞こえるレベルで気持ちが冷え切っていくのが分かりました。

「俺、疲れてるからコーヒー淹れて」

その言葉が、タワマンの広くて綺麗なリビングに虚しく響いています。

40分間、冷水と油汚れに耐えて地獄のキッチンをピカピカにした女に向かって、さらに「お茶汲み」を要求する男。

私「……ごめんなさい。私、こういう立派なコーヒーメーカーの使い方、分からなくて」

私は、スッと真顔になって答えました。
いつもなら「あ、はい!淹れますね!」と愛想笑いで動いてしまう私ですが、今回ばかりは足が1ミリも動きません。

私「佐々木さんのこだわりの豆ですし、私が適当に淹れて風味が落ちちゃったら申し訳ないので……ご自分でお願いしてもいいですか?」

精一杯の、そして最大限の嫌味を込めて、あえて笑顔で言ってみました。
普通の感覚を持った大人なら、ここで「あ、ごめんごめん、俺がやるよ」と気づくはずです。

しかし、相手は私が想像する斜め上をいく男でした。

佐「えー?ボタン押すだけだよ?……まぁいいや、俺が淹れるわ。さゆりちゃんって意外と機械オンチ?(笑)」

いや、ダメだ。落ち着け私。
私の心のシャッターは、すでにガラガラと音を立てて完全に閉まりきっていました。

佐々木さんが「よっこいしょ」と渋々コーヒーを淹れに行っている間、私は無表情でタルトを二つの皿に取り分けました。

私が一生懸命選んだ、1ピース1000円超えのフルーツタルト。
キラキラ輝いていたはずのフルーツが、なんだかスーパーの見切り品みたいに見えてきて、泣けてきます。

「お待たせー」

自分の淹れたコーヒーに満足げな佐々木さんが戻ってきて、向かい合ってタルトを食べ始めました。

佐「うん、美味い。……でもこれ、カスタードがちょっと甘すぎるな」

はい?

佐「悪くないけど、俺ならここにレモンの皮削って入れて、もう少し酸味で締めるかなぁ。ちょっと単調だよね、味が」

……出たよ。
またウンチク。
しかも、私がわざわざ「あなたに文句を言われないように」と気を遣って買ってきた手土産へのダメ出しです。

私「……そうですか。デパ地下で一番人気のケーキなんですけどね」

声のトーンが、自分でも驚くほどドス黒く低くなっていました。

でも、佐々木さんは私の変化に全く気付いていません。
それどころか、コーヒーを優雅に啜りながら、信じられない言葉を口にしたのです。

佐「でもさ、今日の俺の料理、最高だったでしょ?さゆりちゃん、手際よく片付けしてくれたし、俺たち意外といいコンビかもね!」

コンビ……?

佐「俺、結婚したらさ。週末は今日みたいに俺が腕振るって美味いもん作るから。平日のご飯と、あと俺が作った後の片付けは、さゆりちゃんに任せちゃっていい?」

私「…………え?」

佐「あ、俺、舌肥えてるから、平日のご飯も手抜きはNGね(笑)冷凍食品とかお惣菜とか、俺絶対無理だから。出汁はちゃんと昆布から取ってね!」

悪気のない、無邪気な笑顔。
彼は本気で、それが「理想の夫婦像」だと思って語っているのです。

あぁ、なるほど。
ようやくすべての点と点が繋がりました。

この人が婚活市場で探しているのは、人生を共に歩む「対等なパートナー」じゃないんです。
自分の「高尚な趣味」と「こだわりの生活」を、文句ひとつ言わずにノーギャラで支えてくれる、都合のいい専属の家政婦なんですよ。

タルトの甘さが、完全に口の中から消え去りました。
もう、ハイスペックだとか、タワマンだとか、塩顔イケメンだとか、そんなメッキはどうでもよくなっていました。

私「……佐々木さん」
佐「ん?」

もう、我慢の限界でした。
私は、彼に向かって、今日一番の笑顔を作って口を開いたのです。

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