山里リトリートねこ福 ✢✢ 時間が止まる龍宮城へようこそ ✢✢ 大阪高槻 神峰山の郷 -3ページ目

山里リトリートねこ福 ✢✢ 時間が止まる龍宮城へようこそ ✢✢ 大阪高槻 神峰山の郷

Timeless Comfort ~ 時間が止まる龍宮城 ~
築130年古民家をリノベーション、大地からの贈り物に包まれて内観するための空間をご提供しています。こだわって過ごす交流の場にも。大阪駅・京都駅から1時間、奇跡のアクセスで桃源郷へ♪

 

KYOTOGRAPHIEの期間中、特別に上映されていた『手に魂を込めて、歩いてみれば』のご紹介です。

 

自主上映が可能な作品なので、今後も近くで開催されることがあるかも。

ぜひ観てください。

 

 

'24年イスラエルが始めたガザ攻撃下、現地に留まり惨状を発信し続けた写真家ファトマ・ハッスーナさんを取材したキュメンタリーです。

 

若干20歳の女性と監督がスマホで対話した記録で構成されています。

監督も18歳でイランから亡命した女性です。

 

 

ガザのドキュメンタリー映画ポスター、フォトグラファーと監督

 

 

通話中に近隣に空爆があり噴煙があがる、先日友人が殺害された…そのような出来事が、ビデオ通話で語られます。

 

わたしたちの日用品であるスマホを通して。

 

「戦時下にある庶民の日常」をこれ以上リアルに捉える手法なんてないのではないかな。

 

 

ー ほら、さっきの衝撃はあそこにミサイルが落ちたからよ。

 

と、瓦礫の平原の少し先で立ち昇った煙にカメラを向けてくれる。

 

ー 怖くないことはないけど、慣れたわよ。これが日常なんだもん。

  次はうちの建物かもしれないといつも思ってる。

  でも、ここが私の家。他に行くところはないわ。

 

ー こんなに慎ましい暮らしをしているのに、あの人たちはそれさえも奪おうとする。

  多くのことは望んでない。それなのに食料でさえ手に入らなくなってきてる。

  お腹がすいたわ。。

 

再現映画ではない、戦渦にいる人の言葉。

 

 

前向きな姿勢を失わず、どうやって人間らしさを維持してるか、どんな希望を握りしめているのかを語ってくれます。

 

でもその隙間にすっと本音が滲み出るから、切実さが際立ちました。

 


 

空爆された場所へ翌日、カメラを手に向かう。

 

ー 道に出るのも怖いわよ。だけど、この戦争を撮って 世界に見てもらう必要がある。

  手に魂を込めて歩き出すの。

 

ー 他に誰がやる?撮り続けるために、わたしはここを離れない。

 

感情に飲み込まれず、今の自分にできることをやり続ける。

 

ファトマの写真1枚1枚は、それほどの意志によって遺され、「ガザの証」になりました。

 

 

 

 

ガザの壁のグラフィティと兵士のステンシルアート

これは’17年イスラエルを旅したときにパレスチナ側から撮った「壁」

 

 

 

いろんな角度から語ることができる映画だけど、今回は自分の為になるから観てほしいという視点で綴ってみます。

 

 

私は両親と歳が離れてるので、思春期に戦争を体験した話を聞かされ育ちました。

 

戦時中はこうだった、ああだった。

平和な時代に生まれて、あなたは幸せよ。

 

何においてもそう言って諭されました。

達観することを促されてたのだと思う。

 

 

けれど、実感のないことに感謝して、素直な気持ちを押し殺して暮らすというのは、我慢になる。

 

級友たちはあっけらかんと伸びやかに生きている。

 

そのギャップの埋め方がよく分からず、“申し訳ない気持ちで生きる”ことで手を打ってきました。でもなんか違う…。

 

 

戦時下とはどんな心境で暮らすのだろう。

戦時下の恐怖とはどんなものだったんだろう。

 

それを知れたら、親の言ってることも腑に落ちるのかもしれない。

 

戦渦の人間心理にはずっと関心を寄せてきたけれど、この映画のおかげでやっと得心するに至りました。

 

 

パレスチナの壁と鉄塔

'17 空港からエルサレムまで60km延々、高速道路は格子鉄線で覆われているーパレスチナ対策だとか

 

 

 

エンドロールは音楽の代わりに延々鳴り止まない爆撃機のプロペラ音。しつこい蠅のよう。

 

「B29が毎日のように飛んできてね…。」聞き飽きるほど聞いたあのセリフは、こういった状況から発せられた回想だったのだ。

 

恐怖も麻痺するし、希望は遠のいていく、命の重さもわからなくなっていきそう。

精神力を疲弊させないでいることがやっとだったに違いない。

 

 

「平和な時代に生まれて、あなたは幸せよ。」と言われ続けたのも仕方がない。

 

 

確かにこれが平和であり幸せという状況なんだと、今置かれた状況へのリアルな実感が湧いてきました。

 

 

 

パレスチナの街並みと車

'17パレスチナ(ヨルダン川西域)の街並み ~ 温泉街のようなレトロさ、懐かしさが

 

 

 

菩提寺の法話会で聴いたお話しを。

 

人は皆、今世での役割を生きている。

恵まれない境遇の人も、その役割を果たしているだけ。

恵まれた人に「これが不幸ですよ」と分からせる役割。

 

正反対のものを知ることで初めて、人は自分の状況が把握できる。

恵まれてる人に自覚を与えるために、不幸がどんなものかを見せてくれている。

 

気の毒ですねと憐れむのではなく、自分が幸運のもとに生を預かったことを悟ることで、その人たちの役割が浮かばれる。

 

と言うような内容だったかと。

 

そうですねとスッと飲み込める法話ではなかった。

 

けど、この映画を観せてもらって、わかった。

 

 

 

平和ボケした戦後世代には平和の意味がわからない。

 

どんなに恵まれているかも気が付けない。もっと…もっと。誰かよりも自分は足りない。

まだ満たされない、不幸だ。

 

日々パラパラ起きる‘思い通りにならないこと’なんて、取るに足らない。深刻になるのは愚か、不平を言うにも及びないということがわからない。

 

 

この映画を観たら、目から鱗が落ちると思う。

 

瑣末なことに目を向け、感情を消耗して、隣人にぶちまけ相手まで負のループに引き摺り込むことは「勝手に不幸を生み出してる」と気付けるはず。

 

 

戦争を好む社会構造を一朝一夕で変えることはできない。

 

だからこそ、不幸を見せてくれてる人の姿を真っ直ぐ受け取り、まず己を省みてみる。

 

本当の不幸がどんなものか、今ある環境がどれほどに恵まれているかを実感できれば、発想はおのずと変わってくる。

 

まず自分の身の回りに平和を。

 

 

恵まれた人が自分は満たされてないと主張する姿ほど虚しいものはないから。

 

 

 

 

 

山里ねこ福はこんなところ
ねこ福についてフォトギャラリー

 

ほどよく雨が降る、いい感じの梅雨ですね。

 

明日は夏至。この時期に合わせて開催されるイベントへ心惹かれていましたが、諸々の事情に引き留められねこ福に留まっております。

 

夏至を迎えるにあたり、なにかと向き合わされすっきりしない日が続きましたが、抜け出せる兆しも。

 

朝、長めの湯に浸かりさっぱり。これも禊払いかなと。

 

 

ねこ福の窓辺でくつろぐ猫、庭の緑と紫陽花

リュシアンも大祓

 

 

 

夏至を迎えるにあたってのテーマは「選択と集中」。

 

もうしばらく、暮らしに比重を置いて過ごすことにしました。

 

暮らしから溢れ出たものだけを、ねこ福で皆さんと共有するという姿勢に挑戦中です。

 

仕事ありき、外の世界に居場所を探すという思考回路は長年で染みついたものなので、何度も忘れてペナルティやらかしてきたけど、

 

その代償がだんだんと堪えるようになってきました。

 

 

生まれの星のとおり、器にしたがって生きるのが一番充実感が得られるのだなと、再認識を繰り返してます。

 

 

 

そういや、「私、占い信じてないから。」と裏で豪語してた占いの大家さんがいたのだとか。

 

私から言わせれば、「あなた、占い方をわかってないからだわ。」です。

 

そのドラマ観てないけど、現役時代の言動には違和感がありました。その頃はメディアを信じてたから、自分がズレてるんだろうと思ってたけど。

 

占術という大いなる叡智の評価を地に落とすのに貢献した人だったみたいですね。

地獄に堕ちるのはどっちだ?

 

 

 

夕暮れに沈む木星と金星

 

先日は夕刻、西の空に沈んでいく木星と金星が見れました。蟹座の方角でした。

 

もっぱら暮らしや家族にまつわることが楽しく感じられ、住まいに留まるが吉の運気だったのですね。

 

農耕にかかわる牡牛座に火星。

 

どうりで畑仕事がおもしろく感じられてたんだなと、その日の天体図を見直してみて納得してます。
 

 

 

雨降りは思考がまとまりにくく。

 

何書いてんだっけ?

 

そうそう、夏至を迎えるにあたって、この先3ヶ月に重点的に取り組む項目は1〜3項目に絞った方が良い結果が出ますよと伝えたかったんだ。

 

私は、

1.瞑想空間づくり

2.畑と庭

3.教養を伸ばす

に決めました。

 

それらの集大成を新しいインスタアカウントで発信していきますよ。

 

ねこ福アカウントほど頻繁には投稿しないけど、ときどき覗いてみてね。

 

 

 

 

夕焼け空と古民家の屋根

 

 

7月に予定してるイベントのことをご案内したかったのだけど、仕切り直します。

 

山里ねこ福はこんなところ
ねこ福についてフォトギャラリー

 

先日奥村薫舞踏公演で共演されたEric Larsenさんのお宅での茶会にお招きいただきました。

 

 

掛軸と青い紫陽花

 

Ericさんは大の親日家で、京都に別荘を構えてアメリカとの二拠点生活をされています。

 

こじんまりとした古民家を、天窓、濡れ縁、中庭などのある贅沢な佇まいに改装し、研ぎ澄まされた暮らしをされています。

 

舞踏家のスピリッツが満ちておりました。


 

まだ少し畑が残る一乗寺界隈。空が大きくひらけ西山方面までもが見晴らせ、比叡山を仰ぐこともできる立地。

 

古き良き日本の“臭い”を残しつつ、西洋人好みの“いかにもな日本”を既成概念にとらわれず印象的に配置されたリノベーション。

 

日本人ならこうはしない…って微妙な違和感からエスプリが立ちのぼってくる。

 

ある意味日本家屋より日本らしい。心地よく背筋が伸びるデザイン空間でした。

 

 

古民家茶室、和風モダンな空間

 

茶湯のための特別室があり、ここで毎日Tea Ceremonyを嗜まれているそうです。

 

瞑想、舞踏、茶道、この3つがEricさんの日課であり、どれもが瞑想を極めるための所作なのだそうです。

 

 

瞑想のために暮らす。なんて贅沢なんだろう。

 

でも本来、人はそのように暮らせるよう必要なものは既に与えられているはず。

 

それを具現化したような暮らしだなぁと心洗われ、ハッとなりました。

 

 

 

織部焼の茶碗と抹茶

 

織部焼の茶碗をご用意くださっていました。器好き、泣ける〜

 

 

掛け軸といい、茶碗といい、「茶湯の心」を心得た人のところには“本物”が集まってくるのですね。

 

Ericさんのお手前では、利休が目指したであろう本質的な宇宙観が大切にされているように感じました。

 

静かで、意識の淵が広がっていくような時間。

 

戦国武将が利休に求めたのは「瞑想の場」だったのではないかと予々から想像してたので、まさにという感じ。

 

 

茶道体験をするEric Larsenさん

 

訪れた客人3名はいずれも茶道経験なし。

 

ガイジンさんから作法と本質を教わるという「日本、大丈夫か?」的な文化交流でした。。

 

 

‘お茶のお稽古’は性分に合わず、本式の茶会なるものを体験したことがありません。

 

でも、このような茶湯であれば、日常のなかに取り入れること大事なんじゃないかと思えました。

 

 

茶室の掛け軸と中庭の眺め

 

 

翌日からでも直ちにこんな暮らし方をしたいと思ったものの、それから早3日、特に変わりなく日々が過ぎてゆきますが、

 

ねこ福の目指すべき具体的ビジョンを見せていただけたように思っています。

 

 

茶道を独学できないかと心が動き始めましたが、そんなことよりまず10分、心を留める時間を確保することこそ本質。

 

思考を止めて←いちばん苦手なやつ、「ただある境地」を省みるよう務めております。

 

 

 

 

きゃ〜ッと叫びたくなるよな器のコレクション。

水谷ってこやって使うんだ…、初めてみる光景

古民家 茶道具 山里ねこ福

 

「コレクターですね。」と言われて、「毎日その日の気分に合わせて使ってます。」と答えられたEricさん。収集ではなく、蒐集であると。

 

使ってこそ生きる道具。感性に響く物と共鳴する時間の意味。

 

 

肩肘張らない空気の中で、お仕着せでなくそっと、自身の愉しみとして奥義を展開する在り方。

 

見習いたいです。

 

奥村薫舞踏公演共演者Eric Larsen氏宅での茶会

 

 

 

 

Ericさんが踊りをとおして伝えたいのは、達観した平和な心。

 

特に「核兵器」への思いが強く、ねこ福公演でも原爆というテーマで舞踏を披露くださいました。

 

わたしとしては、原爆に限らず「戦争が置いていくもの」全般を見せられたように感じました。

 

開催レポートで綴ったように、仏壇が見つめているなか、

文化を謳歌する喜び、

調和を乱され抑制の利かなくなった身体…、

そしてそれらをも超越する心

というものを表現くださったように受け止めました。

 

Eric Larsen、舞踏、茶道

 

 

「戦場のトラウマで精神疾患に…戦後も続く元兵士や家族の苦しみ」というNHK番組を過去に観たのだけど、退役兵の身体の震えとEricさんの舞踏が重なりました。

過去記事でリンクを貼ったのだけど、もう削除されてました

 

破壊された街、失われた命にのみ注目がとどまりがちだけど、見えないところで侵食されていく精神も重篤です。

 

過去を忘れるのでもなく、消し去るのでもなく、乗り越える心を育めたとき、争いを超越する次元が訪れる。

 

一人一人の心の在り方が平和への唯一の道であると、Ericさんの舞踏にはそのようなメッセージが込められているように感じました。

 

 

Ericさんのプロフィール動画をご紹介しますね。

 

第五福竜丸の被曝をテーマにした舞踏を披露されています。