下村観山展が素晴らしかったのでそのレポートを。
横山大観は知ってても、下村観山を知る人は稀なのでは?
両者はおなじく岡倉天心の門下生で、むしろ画力は観山のほうが秀でてたのだとか。
知らんかった〜。
岡倉天心の審美眼はすごい。その一番弟子のことを詳しく知れるなんてこりゃ大変だと、いざ和歌山県立美術館へ。
当会場限定で2週間だけ展示される作品があるとのことで、強行スケジュールで訪れてきました。
『白狐』
どの作品も素敵でしたが、この屏風のために無理くり日程を詰めた自分を褒めたい。
来て良かったという満足が沁み渡りました。。
にわか寸評ですが、観山先生の最も素晴らしい特徴はこの2点かと。
・唸るほど美しい超絶細密描写
・古典芸能の精神を汲んだ世界観
近代日本画ではあるけれど、一筆一筆息を詰めて引かれたであろう描線は伝統工芸品のように精緻な緊張感を放っています。
細部までじっくり鑑賞するために単眼鏡を借りました。
さっきの白狐をクローズアップすると…
毛並みの質感が見てとれるし、鋭い眼差しに哀愁が滲むことも感じるし、霊性の高さも漂わせてる。後で知ったけど この狐は安倍晴明の母なんだとか… なるほど
離れて眺めると、
左隻の余白がモダンでかっこいい。これは白狐が縁を絶ってきた人間界の空虚さを表してる。
近づくと、白狐の目力に圧倒される。雑木林の棲家へ戻る決意が伝わってくる。
離れたり近づいたりしながら技巧と物語を堪能しました。
立ち位置で作品の印象がすっかり変わってしまう摩訶不思議。
『小倉山』
斜めから観ると、紅葉の海に溺れ恍惚としてる臨場感が
「小倉山 峰のもみぢ葉 心あらば 今ひとたびの 行幸待たなむ」が題材
『雨の芭蕉』
寄ってくと…、雨宿りの雀を発見
単眼鏡で雀の息遣いを盗み見しようとすると…、端の雀は雨で頭がそぼ濡れ
仲間内の事情まで想像できてしまう
こんな感じで、細部にも構図にも緻密な思慮が払われているのだけれど、
それよりも作品の核となっているのは背後にあるドラマ性だったり、場に満ちる空気感だったり。
感覚を研ぎ澄ませるほどに煙立ってくる情感や見えない摂理。
紀州徳川家に仕えた能楽師の家系出身だそうで、古典芸能の真髄が作品に注ぎ込まれているように感じられました。シビレマス
こちら『十六羅漢』の部分
高僧方々の真剣な表情と目力が凄い
生き物や人間を描くとき、瞳の描きようで絵の価値が決まる。
目に生命力を宿すのは難しい。ましてや慧眼の光をあわせ描くとは、その境地に到達してないとできないことであろうかと。
こちら11歳のときの作品『許由』。
会場の冒頭に展示されており、しょっぱなで腰を抜かすことに。
伝統芸能のお家元には一般人が及び得ない老成の秘伝があるのでございましょうね。
能の精神を、日本画という親しみやすい媒体を通して体感させてもらえたのかなと。
凛となにか内側に響くものがあり、背筋がスッと伸びて、きめ細やかな日本人の感性が調律された…気がします。
木立に立ち込める金色の光。
感覚を研ぎ澄まして自然の中へと紛れ込んでみたならば、
貪欲にパワースポット巡りをしても見つけられない光と、そこで出会えたりする。
生命を描写する細密表現は神がかっていて、対象への愛と感謝が溢れているように感じました。
細部まで手を抜かず、見えないところに心を込める。
それが日本の伝統文化なんですよね。
金色の光の筋 伝わるかなぁ
下村観山の作品をこれだけまとめて鑑賞できるのは貴重な機会だと思います。
7月20日まで開催されてるので訪れてみてください。
単眼鏡を借りるのをお忘れなく。
和歌山県立美術館は黒川紀章の設計だと、帰宅してから知りました。
遊び心が散りばめられた空間使いがおしゃれで贅沢でした。
外観は理屈っぽく短絡的で景観との調和をハズしてる感が否めなかったけど、それが黒川建築の味わいなのか。風景に調和しない建物は公害だと思ってるので賛同できなかった…














