神社が「ありがたい」理由をグループラインでなぜだか力説してしまった昨年末です。
デスクトップの壁紙は伊勢神宮…
そしたら、年明け早々に発売されたカワテツさんの著書に同じことが書かれていて、援軍得たりの気分です。
言い回しはちょっと違って、初穂料や賽銭は神様に捧げるのでなく、場所を管理維持されている神社へのお礼と捉えていると述べられてました。
そこに神様が居られるのではなく、
内なる神に通じやすくしてくれる場所として整えられているのが神社である。
荒手に要約すると、そのような概念を根底において綴られてます。
エッセイかのように観光ガイドかのようにお気楽な情報が散りばめられてるので見落としてしまうかもだけど、けっこう辛辣に核心をついてて痛快でした。
「どんな神社やパワースポットに通ったところで、本人が努力しなければ「願い」が叶うことはありません。」とも書かれてました。
比喩として神様に会いにいくとかお願いすると言ってしまいがちだけど、そもそもの「神社効果」の原理は自分自身を整えに行くってことではないかな。
神社の本質を人格化せず、自身の可能性を最大限引き出してくれる特別な場所として捉えたなら、主体性をもって「願い」に取り組めるようになる。
自然と、努力と思わず努力ができるようにもなると思うな。
これを…、
「もし神様がいたとして、あなたが神様になったと想像してみてください。〜 何の努力もせずにすがってくる人の願いを優先して叶えたいと思うでしょうか?」
っと、ユーモアを漂わせて諭されてるのも笑えました。
読みやすい文章なので一気に読めました。気付いたら膝に猫富士
神社では様々な参拝方法を見かけます。それぞれの世界観で神社に足を運ばれるのは自由ではあるけれど、この本に書かれてるような素朴な向き合い方を試してみるのも良いのでは。
何しろ著者は自由なワークスタイルで著名な成果を上げてる人。クライアントの成功も道筋が見通せる人。参考にしてみる価値あり。
ねこ福の山里の氏神様、秋の神事
偶然にも、自分が参拝でやっていることは、この本とほぼ同じでした。
事前に書籍や検索情報を参照して参拝に臨んでも、いざ御社の前に立って湧いてくる言葉は全然違っていて。自然にそう思ってしまうのだし仕方ないか…と、若干わだかまりがあったのですが、これもありみたいで良かった♪
根本概念が同じなので言動も自然と一致するんですね。
この本によると、カワテツさんはかなりの御守りコレクターのようです。
いつも重たそうな鞄を提げてらっしゃるのだけど、そこには御守りがぎっしり入ってたのかと想像するとすごく笑える。。
そんなカワテツさんがマニア認定される方に梅田紀伊国屋書店で出会えるようです。
さすがに店頭では立ち話はできないけど、明日28日の夜ならカワテツさんとのマニアトークが聞けるらしい。
詳しくはこちらに↑ まさかの電話予約ですが、これも一興かと。
カワテツさんも素敵ですが、お相手の百々典孝さんもめっちゃ素敵なやる気giverなので、対談が気になる。
翌29日といえばねこ福カフェ。参加しようかまだめっちゃ悩んでるのですが、多分誘惑に負けることでしょう。




