山里は今日、しっかりめに雨が降りました。恵みの雨ですね。
気温もスッと下がって過ごしやすくなりました。
行きつ戻りつもするけれど、二十四節気の節目というのは鮮やかなものだなぁと感心。
まるでドアを開けて別の部屋に移動したかのような異空間を演出してくれます。
あ、これも山里だから?
竜宮城に住んでるからかしら?
浦島太郎の「四季の部屋」の挿絵がこういうとき思い起こされます
とかく山里では節目節目にスペクタクルな天空のショー、大地のショーが披露されます。
昨朝の朝焼けを紹介してみますね。
5時10分すぎ赤みが射し始めてからの5時50分ごろまで、長尺な大判振る舞いでした。珍しいですね、こんなに長時間に渡る朝焼けなんて。
低いところと高いところに雲の層がふたつあり、それぞれ薄紫色、朱紅色に染まってました。
黄金色の輝きは遠景の大気の色。
低い雲は風に流され姿を変え、朱紅の雲を隠したり覗かせたりするので、様々に空の表情が移り変わってゆきました。
すっかり秋の風となった乾いた大気が雲と稲穂を波打たせる。
雄大な自然のリズムに身を沈め、あたかも高原リゾートに滞在する客人になれたかのような時間でした。
さてさて、今日は秋分の日ですね。
太陽の座標を基準にする暦では1年の折り返しと捉える日。
西洋占星術のことだよ
半年を振り返り、軌道修正、心持ちを刷新する時間をとる日にしてます。
行動すれば天ではそれを見ていてくれて、きっとうかばれる展開が起きるんだろうっと闇雲にとにかく動き回っていたのは30代まで。
そういう時間の価値が分かってなかった。
動けば良いってもんじゃないって思い知ったのは、母が倒れて2度と口の利けない身体になってしまったとき。母の価値観に迎合してたら、こうなる…
介護で自分の人生が止まってしまったので、半生を反省する時間が十分過ぎるほど取れた。母からの最大のギフトだった
行動は精査しなければ結果はついてこないんだと気がついた。
いつでも目的に立ち返れる客観性。
他者に惑わされない強さ。
そういうのは、節目節目に自分のおこないを俯瞰する習慣で養われるのだと、このとき身をもって体験しました。
だから、また振り返りかよーってほど振り返って見通しを立てる時間を取る。
最優先事項だ。
あの頃の行動力に比べたら今は1/10くらいしか動いてないのかもしれない笑
だけど、あの頃よりずっとずっと大きく物事を動かしてる気がします。
家内興業なので規模は小さいけどね
針の穴を見通すかのようにピンスポットでしか動かなくなったら、どんどん視界が広がりました。余暇時間が増えるから。
んで、早朝に半時間じーっと朝焼けを眺める自分を許せるようになった訳です。
で、そのボーッと雲の流れを見つめる時間は宇宙スケールのモノサシに持ち替えて物事を別視点から眺める転地療法(リトリート)になってる。
いつも目まぐるしく動いている思考は、こんな時間に整理されていきます。
リューくんも振り返る
18日がちょうど月食だったので、3月下旬からの活動を振り返ってました。
とにかく行動しなかった半年、寝てばかりいた半年という印象で捉えてたのですが、書き出してみると意外や意外、色々やってた。
しかも当初にこれだけはと挙げていた目標にはちゃっかり着手できていて、目的を果たせてたり。
驚きでした。
時間の仕組みの不思議。意識の仕組みの不思議。
やらない勇気をもって今まで以上に行動を削ぎ落とし、少々落ち着かない日々だったけど、もっと悠々と構えてても大丈夫だったんだな。損したっとまで思いました笑



