オリンピック始まりましたね。
私は競技よりも開会式が楽しみでした。
全世界で老若男女・知識人も世相に流される層も押し並べ注目するだろう舞台をフランスはどんなふうに飾りつけるのか? 録画で一部始終を見届けましたよ。
さすがフランス、さすがパリ。攻めた演出でしたね。
あれ?オリンピックってこういう場だったっけ?
公共性を思うと何度か戸惑いそうでしたが、これぞフランス流だなっ、いいぞいけいけー!っと痛快でした。
みなさんの感想はどんななのかな?
そんなに観入るつもりはしてなかったのだけど、旧監獄コンシェルシェリーでの演出について酷評を知るにつけ、
その真意を考察するには構成全体を把握しなきゃなんとも言えないなぁっと感じて、4時間画面に張り付く羽目になりました。
デリケートなテーマですもんね。
終始にわたって問題提議、事実の提示、啓蒙を呼びかけてましたよね。
きれいごとで埋め尽くす祭典では終わらせない意図が汲み取れました。
ルネッサンスの再来。
戒律や宗教が介在しない赤裸々な人間讃歌を、フランスの歴史やセーヌ川沿いの文化遺産に絡めたシナリオで展開していく。
エンタメショーというより、じんわり考えさせるフランス映画仕立てというか。
本気のメッセージ発信だったと思うのです。
そういう観点からすれば、
フランス革命がどういうものだったのかをたった一つの建造物を舞台に的確に表現した優秀なアートだったのでは。
歴史の闇を無かったものにしない姿勢こそ素晴らしい。
むしろマリー・アントワネットもうかばれたのではと真逆の所感です。全世界に向けた晴れ舞台で革命の功罪を改めて訴えることができたのだから。
実はこの前日、萩で吉田松陰ゆかりの地を巡る機会を得て、「松陰先生」について深掘りを始めたところでした。
「死して不朽の見込みあらばいつでも死ぬべし、
生きて大業の見込みあらばいつでも生くべし。」
との言葉を後続に残し処刑されたのだとか。
帰路、ルイ16世を連想してました。
「私は罪なくして死す。
私の血がフランスの幸福を強固なものにできることを願っている。」
逃亡もできただろうに国王として死すことで後世に名と問題提議を遺したんだよなぁ。マリー・アントワネットだってそうだよなぁっと。
で、翌日のコンシェルシェリーですよ。
ちょっとそっとのシンクロには驚かないのだけど、こればっかはビビりました。
歴史に限らず、アンダーグランドカルチャーやら多様なamourの解釈やら、表舞台で話題にするのが憚られることを引き合いに、
所詮人間なんてきれいごとでは済まされない生き物だよ〜、もっと素でいこうよ、違いを認め合えさえすればまるくおさまる、みんな楽チン、もっと楽しくなる。
全てを解決するのは愛だ、amourだ。
っと、『愛の讃歌』で締めくくられた。って、ことかなと。
最後はセリーヌ・ディオンが崇高な歌声で雑多な人間模様を全部昇華させてくれた宵。
花火は要らない。愛さえあれば幕切れは完璧だ。
「愛こそすべて」の国フランスらしいメッセージと受け取りました。
他にも様々、既成概念にとらわれない演出素晴らしかったですね。
前例に倣っているところを探すことの方が難しかったかも。
革命の寵児フランス、万歳!!
吉田松陰も維新の祖…。
開会式の写真はお借りしました



