最近、美術館の入場料が高くなったなーって感じてる。
グッズ作ったり音声ガイドに有名人を起用するなどお商売としての努力熱心で、費用も嵩むことでしょう…。
美術展覧会が商品になっちゃって久しいけれど、最近の過熱ぶりは美術愛好家としては迷惑だわ!
収容し切れないほどの広告うつんじゃねーよ!
大声で交通整理するって、場の空気の価値半減だよ。
美術鑑賞はスタンプラリーじゃねーんだ。
「見た」って経験をゲットする目的の人の波のなかで「観る」ってかなり厳しい。
「立ち止まっての鑑賞はご遠慮ください」って、ふざけんなー!
こうして日本人は芸術とは如何なるものかを知る機会をどんどんと失っていくのかな。
アメリカやイギリスの美術館のように芸術を理解しない展示へと、形こそ違えど同じ穴のむじろへと進化を続けるのね。。
あ、そろそろぐっと堪えて本題に入ろう。
こんな前置きの後で紹介するのも何ですが…、
修復されたフェルメール《窓辺で手紙を読む女》がやってくるというのを売りに開催されてます。
修復の内容が画期的だったと大売り出ししてます。
世界中で35点しか現存しないフェルメールがやってくるってこと自体に価値がある。
諸々の事情を呑んででもやっぱり訪れなくちゃならない。
修復前はこうだった。
4年かけて修復してこうなった。
へ〜?塗りつぶされてた絵を、上絵の具を剥いで露わにしちゃったのねー。
油絵って、何度でも上塗りできるので最初の構図から大幅修正して完成されることってよくある。
X線解析で完成作品の下に別の絵が眠ってることが知られてる絵はたくさんある。
最終形が作者の意向なんだから、下の絵を掘り起こすことは普通はしない。
だけど、この作品は画家の没後に上塗りされたと断定され、オリジナルへの復刻がされた珍しいケースのようです。
キューピットの絵、大きすぎないか?
っと広告見て思ったけど、実物を観てみるとそれなりにバランスが取れてた。
フェルメールも「これでよしっ」と納得してたかもしれないな。
修復エピソードとかどっちでもよくて、
実物のフェルメールが一筆一筆の緻密さ、光の捉え方で群を抜いてることが素晴らしい。
その他同時代の画家の作品がたくさん並んでたけど、すべてはフェルメールを引き立てるために揃えられていたと言ってしまいたいほどに。
何が違うんだろうなぁ…。
絵の中の静寂。生命力のようなもの?かな。
フェルメールの日常を題材にした映画があります。
久しぶりに観てみようかな。
画家をテーマにした映画ってどれも映像が際立って美しい。
ねこ福のスクリーンで大写しで鑑賞するとすっごく贅沢な気分になれます。
また映画鑑賞交流会やろうかなぁ。
この展覧会、17世紀のオランダ絵画のコレクションです。
オランダ絵画は間近で鑑賞するのが正解。
みんながやってる白線ギリギリのところに立って鑑賞するので問題なし。
なぜなら、庶民が自宅の壁を飾るために作製されてるから。
庶民の家は広くない。。
間近で眺めていちばん映えるように描かれてます(^^)
そして、
道徳を説く寓話の要素が散りばめられている。
ちょっと堅苦しいデス。
風の時代を生きる風星人、色褪せて見えるようになってきた…
そのあたりは以前につらつらと書いてマス。
何故、画中のキューピットの絵が塗りつぶされたかの理由は判明しないそうですが、一説では、
レンブラントの作品だと言って売るためだったのでは、とのこと。
当時はレンブラント作と言うと価値が上がったらしい。
今の価値観からすると色々な意味で「えーー⁉︎」ってなるけど、美術品業界って意外とそんなものなのかも。
20世紀になって続々とフェルメール作品が発見されたんだけど、それはある画家が自分の絵を偽って売り捌いていたって実話。
「フェルメールの珍しい画風です、貴重な作品だ。」と言って人が信じるあたり、美術品鑑定の世界って言った者勝ちなのか…。
今回のフェルメールもそんなことだったのでしょうか。
背景が無地だとレンブラントっぽいって発想?
名画を一般人でも嗜めるようになった現代、わたしだってレンブラントの特徴ぐらい知ってる。
修復前の白壁の作品をレンブラントだって言われても、信じないよー。
王族がレンブラント作だと信じて買い上げたって史実、興味深かったな。
またまた会期終了間際のご紹介ですいませんm(_ _)m
9月25日まで開催されてます。
色々ぶーたれたい点満載の企画展ですが、やはり生きてるうちにフェルメールは何度でも観るべきです。色々忍んででもお出掛けくださいませ♪
↑この広告でフェルメールの出展1点だよ。広告の法律とかにこう…、どうなんだろね(苦笑)
フェルメール1枚で行列を呼ぶこの仕掛け、すごいな。


