昨日の続きです。
この映画について書くのはとうとう5回目ということに。
ブライアンは過去の音源をたくさん保管していて、それらをフル活用して映画の音楽総指揮も務めていたのだとか。
歌唱のシーンでは、主にフレディのオリジナル音源に役者さんと吹き替え歌手の録音をミックスしてあるそうです。
私が2度も映画館に足を運んだのは、音源がホンモノなのか録り直しなのかが判別つかずそれが悔しかったから。
絶対に違うと思う部分もあれば、こんなに上手いのはやっぱりフレディかな?っと、鑑賞中ずっと混乱してました。
2回観ても結論出ず。それもそのはず、一般人には分からないように上手にミックスしてあるそうです。
映像も、一緒に行ったお友達は、時折ホンモノの映像が差しこまれていたと主張しました。2回観るとそれはないと確信できましたが、もしや見落としたかもと思わせる似せ振りでした。
『胸アツ応援上映』では、往年のファンとおぼしきお姉さまグループが何組か、なんだかピクニックみたいに座を広げて陣取っていて、
「どれが偽物か分からんかった、ロジャー格好いいねぇ。」との盛りあがり。
ホンモノは片時も出てないでー。ファンも見紛う、それくらい真に迫る演技だったということですね。
事実を忠実に再現したり、脚色することで伝えたいことを浮き彫りにしたり、
たいていの映画もそうだけれど、「伝える」ための技巧ってこうなのねと、妙な学びもありました。
QUEENのバイオグラフィーを知る者からすると、ちょっと違うのでは?と指摘したくなる要約した時系列や設定多々あり。
でもそれがかえって、フレディが如何に生きたか、バンドがどれほどの固い絆で結束していたかを的確に表現していて、この脚本はこれでこそ良いのだとも思いました。
映像記録も多数残るバンドですが、それらでは伝わりきらない逝ったフレディと残されたメンバーの「想い」がこの作品で集大成され、この先永遠に色褪せることがなくなったんだなって感慨深い。
音楽的にも他の追随を許さない素晴らしさがあるけれど、フレディという生き様、それを支え後世に残す手段を編み出し続けた残されたメンバーのインテリジェンスな活動も、大切に残されていくべき記録だと思います。
ロックファンの間だけにとどまらず幅広い層の人々のなかで時間を超え、
この映画がその錨の役目をすることになる。
これもブライアンたちの計算尽くの計画だったんだろうな。
20数年前にロジャーがこの映画にまつわる想いをステージで語っていたのを聞きました。この記事で紹介しているので、よかったら目を通してください。
この映画につい肩入れしてしまうのは、この記憶が重なるからなのかも。
ロジャーの想い、微力ながらこの場を借りて伝播しておきます。
ボヘミアンシリーズ、いい加減に終わることにします^^;
