お越しくださった方々にいつも何かと気に掛けていただいていた
ねこ福じいちゃん、
92歳になっても自転車に乗っていた、
頭を打っても頭蓋内出血の血がひいてしまう、
医師から看取り宣告をされても手術をして自宅復帰した、
白血球数が医師も見たこともない高値なのにサイダーが飲みたい、
私 介護食の指導まで受けたのにまた白米・普通食を食べ始めた、
玄関の段差を踏み外して頭から転倒したのに7針縫っただけで他は無傷、
100歳まで生きる健康法の本を密かに購入している
この人は死ぬことはないのではないかとさえ思えた
「ねこ福のターミネーター」ですが、
10月の初旬に亡くなりました。93歳でした。
じいちゃんのことを慕ってくださっていた皆様、
ご報告がこんなに遅くなり、
ごめんなさい。
もう四十九日も過ぎ、すっかり仏様になってしまわれています。
本当は既に決まっているイベント以外は新たに企画せず、
12月早々にひっそりとしてゆっくりと振り返り、お伝えしたかったのですが、
もう年の瀬に。
類い稀なキャラクターで何故か人を惹きつける、
それが表裏一体で家族にとっては理解不能。
己を律しない超越した自己肯定観に学ぶところ多しだけれど、
それが家族にとってはとてつもない皺寄せに。
でも超人的な強靭さは誰の迷惑もかけずただただご立派でした。
私、この人を研究すれば健康長寿の秘訣が見出せるのではないかと真剣に思っていました。
それから、この人のおかげで私は本当に辛い半生を送ってきました。これはきっぱり言い切れる。そうは見えてなかったとしたら、それは私の逆境を切り拓く機智と忍耐によるものです。
けれど、そのおかげで学んだことはまた膨大で深かったこと、感謝しなければいけないと思っています。
これから折に触れ振り返り、そのようなことも綴っていきたいと思っています。
タイトルは「ねこ福のターミネータについて」。
ただ一つ、貴重な戦争体験談を聞いて残すことができなかったこと、これだけは今となってはどうにも取り返しがつかず残念です。
Facebookやブログに1年前の投稿を勝手に振り返る機能がありますね。
あれが、1年前のじいちゃんこんなこと出来ていたと色々知らせてくれます。
10月には梅田の大阪ステーションビルに。
11月にはあべのハルカスに。
車椅子も使わず杖だけで訪れ、葛飾北斎の展覧会を人混みに紛れて鑑賞していました。94歳まで描き続けた画伯に何か感じるところがあったようです。
その1年後に、もうこの世にいないなんてね。
人のいのち、わからないものです。
明日、もう一つご報告があります。
