「延命治療」と「生きる意欲」 | 山里リトリートねこ福 ✢✢ 時間が止まる龍宮城へようこそ ✢✢ 大阪高槻 神峰山の郷

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Timeless Comfort ~ 時間が止まる龍宮城 ~
築130年古民家をリノベーション、大地からの贈り物に包まれて内観するための空間をご提供しています。こだわって過ごす交流の場にも。大阪駅・京都駅から1時間、奇跡のアクセスで桃源郷へ♪

ギャラリーねこ福で密かに人気を集めるおじいちゃま、

いえ、正確には私の父親なんですけどね。

実はここ2週間ほど入院しております。

 

 

昨年11月にはあべのハルカスまで電車・地下鉄を乗り継いで訪れて

『北斎展』を人混みに紛れて鑑賞していたツワモノですが、

この冬はちょっと調子が落ちている様子でした。

 

病院嫌いを骨身に沁みている私は説得する努力を省力して、

本人が観念するのを様子を伺って待っていました。

とうとう起き上がれなくなったので、

「救急車を呼ぶで」と本人にことわって 来てもらったところ、

さっきまでうんともすんとも動けなかった人が起き上がって救急隊をお迎えする

という、どこまでも気丈夫な人物であります。

 

そして後に、病室に駆けつけた姉に申すには、

「もう1日様子見ようと思っていたのに、恵美子が勝手に救急車呼びよったんや。」

と。

そこで姉が聞こえないような小声で返した言葉は、

「1日待ってたら、あちらへ行ってしもてたで。」

 

 

 

そうなんです、

搬送された時はもうとても重篤な状態だったんです。

本人の言動からは到底想像できないことでしたが。

「4年前の救急車はよう揺れて、頭打った。」と、回想してみたり。

「味の付いた水、カルピスなんぞ飲ましてくれ!」とほざいたり…。

 

 

 

 

ここからはドクターと私のやりとりです。

『おい、ちょっと待てよ』、数々の言葉を心の中で噛み殺した対談を再現しました。

 

 

救急医が穏やかな言葉を選んで「非常に複雑な状態でして…」と説明した時には

なるほどそんなことも起こりうるのだと何重かの偶然をただ受け止め、

それでも道はあるのだろう、長い入院になりそうだなくらいに思ってました。

 

代わって、主治医となったドクターから見せられた血液検査の結果を見て、

これはもうかなり切迫しているんだっと理解しました。

寝たきりの母が4度肺炎で入院し3度不死鳥のように復活しましたから、

数値を見ればそれが何を示すかは言葉を重ねてもらわなくたって推測できます。

それは母の重症肺炎の2倍以上超える炎症数値、

ドクターもこんな数字は僕も見たことがない…と言ってました。

 

そして臓器はというと八方塞がりの状態。

全身に感染が広がっていて、いつ昏睡状態、心肺停止になってもおかしくない。

そこでドクター、

「取れる手立ては3つあるが、いずれも侵襲を伴う、どうしますか?」

 

 

どうしますか?って、

助かる手立てがあるならやってください

というのが、スムーズに私の中から出てくる答えだった。

(数値とは裏腹にどう見たって死相は感じられないということが根底にあってのこと)

 

ドクターは、年齢(93)や現状から、当然そのまま看取りを家族が選択するものと思って段取りを組んでいたようです。

私の返事に驚いて、

「今までにこういう場面に立ち会われたことがありますか?」と。

説明が理解できていないのか、あまりにも慣れきっているのか、

動揺ひとつ見せず意表をついた返事をする私の真意を再確認せずにはいられなかったようです。

 

「ご家族、ご兄弟は他には?その方と相談されませんか?

腎瘻というのは延命治療に当たるのですよ、

今では尊厳を重んじて自然な姿で見送るということが主流となっています。

…、そんなことなら部屋割りを変えないといけないなぁ。」

 

 

 

しつこい!

私だって、考えうることを全て想定して天秤にかけて返事してるんだ!

ものを知らない一般人ではなく、あなた達の説明は隅から隅まで理解して、

介護生活の可能性まで想像して、一遇のあなたより本人の生き様全部を包括して考えてんだよ!

思いつきで返事してんじゃないわ。

 

そもそも、延命治療はそんなに悪か?

私は4年、胃瘻の母の介護をすることでたくさんの豊かな経験ができた。

それは母も同じこと。

 

そもそも、本人は100歳まで生きる気満々で健康本を買い漁り(読んでいるかは不明)、英語の勉強までしてガイジンのTV番組を楽しんでる。

生きる気力は断然私より優っている。

 

そんな人に、助かる手立てがあるのにそれを差し伸べないなんて選択肢はあるのか?

私には、そのまま本人の命を終わらせる権限はない。

あれだけ意識がはっきりした老人なんだから、何なら本人に意思確認してみたらどうなんです?

私は本人の気持ちを推し量って代弁しているだけ、エゴでも何でもない。

 

 

と、そんなことまでは口に出しては言ってませんが。

このドクターに限ったことではなく世の多くの人のパノラマタイプ思考というものは、浅はかで危なっかしい、と心に9割の言葉を秘めて診察室を出ようとしたら、

 

「お姉さん夫婦がいらしたらもう一度同じ話をしましょう。」とまた一言。

 

そんなに私の判断が受け入れられませんか!

じゃかましい…、しかし、

こんな条件での手術がドクターはおっかないんだろうな、できれば避けたい、

そういうことなんだろうと相手の気持ちを汲んで、

軽く頷き退出しました。

 

 

これまでも、胃瘻は延命治療、本人に苦痛を与えるだけだという論評を

面と向かって聞かされることは何度もありました。

4年も胃瘻の介護をしてきた私に向かって。

 

それもともかく聞き流すにしろ、

若い難病の子にならどんな医療手段でも手ほどきするのに、

老人にはそれはやめようよという発想、いかがなものなのかと私は思う。

 

命は平等に尊い。生きる意志があるならば。

 

老人への延命治療の疑義は医療費削減のために風潮された触れ込みであること、

誰にでも彼にでも同じ理念を当てはめる単純な思考が薄っぺらく、とても危険なものであるということを人は気づけないものなのかなぁ。

人それぞれに選ぶにふさわしい道がある。もっと丁寧に人の命と向き合えないものなんだろうか。

 

 

ドクターという職業への純粋な敬意と同時に、

世の貧相な風潮思想にイライラする日々が幕開けました。

 

 

 

 

さて、このムカッとイラッとは退院に向けての懇談でも触発されておりますよ。

じいちゃん驚異の回復力で在宅療養に向けてリハビリなどに取り組まれております。

 

場合によってはもう命を終焉させられていたかもしれず、

裏でこんな討議がなされていたことも露知らず。

お腹に管通す手術すんねんで、かまへんか?と聞いたなら、

「ほっほぉー」と感心して笑っておりました。

 

大学を卒業し就職してすぐ、招集がかかって1年間兵役を経験したおじいちゃま。

戦争を経験した時代の人は、命の尊さを嫌が応にも魂に焼き付けていらっしゃるのでしょうね。

「どうしたって生きたい」、それに理由なんかない、ただ生きたい、

そんな境地なんでしょうね。

それが生命力の根源なんだなぁと学ばせてもらった出来事です。

 

実はその2−3日前、なんで生まれてきたんだろうって悲しくなっていた私、

父が答えを見せてくれたのかもしれません。

 

 

 

 

 

さてさて、ねこ福家は在宅介護に向けて準備を始めました。

介護用電動ベットを入れるために、ご愛用だったベットはゴミ収集日に出してしまいました。

 

今までおじいちゃんと一緒にたむろっていたねこさん達、

お気に入りの寝床はなくなるわ、おじいちゃんは居てないわで戸惑っている様子。

 

 じいちゃんと『Youは何しに日本に?』を一緒に観てくつろぐの図

 

介護がまた身近になりそうです。

これについても色々と病院側とも、周囲とも、自分自身とも悶着がある訳ですが、

そのことはまた別の機会に…。

 

 

 

そんなこんなというのとは関係なく、定例の集会、今月も開催します。

運営メンバーさんもたくさんお集まりくださいます。

介護で共感したいとお考えの方、この機会に是非ご参加くださいませ。

アロママッサージ体験もありますよ。

 

「介護を語る会」11回集会

5月11日(金)14:30〜16:30

介護・医療について感じること・思うこと語り合いましょう

ミニ講座
香りとタッチング体験 〜介護に生かせるアロマテラピー〜
参加費 1300円

 

参加のお申し込みはこちらから!

 

「介護を語る会」、詳しくはこちらもご参照ください。