今日は甲子園に行ってきました。
最後に行ったのは90年代、高校野球としては中学2年生以来。
長らくのブランクの後ににわか野球旋風が自分の中に巻き起こりました。
懐かしいけれど見慣れたこの球場で、
今日はちょっとした関係者気分の観戦をしてきました。
この背中を向けている若者たちのおかげで。
この写真の中に親友の息子くんがいます!
「かあちゃんに甲子園の砂持って帰ってきてや、って言ってあるねん。」
って、5月に会った時親友は言ってました。
それを遠い気持ちで聞いていました。
だって、甲子園は夢の舞台、憧れの舞台。
自分と世界を共有する人が行くところのような気がしなくて。
当の球児も素顔しか知らないものだから、到底甲子園のマウンドに立つ勇姿が思い浮かばない。
こけしのように白くて愛くるしい女の子のような少年のイメージが消えないし。
でも、本当に甲子園に出場が決まったんです。
そりゃ、駆けつけますよね!
1回戦はねこ福のイベントと重なってしまい、準備しながらテレビで観戦。
別人のように凛々しい姿でチームを引っ張っていてびっくり。
「一緒に旅行いった子供がこないに大きなってるんか?」
と、ねこ福の仙人もびっくり。
土壇場の流れを変える「魂のヒット」で逆転勝利に導きました。
今日は2回戦。
今日は失点の後なおも走者が溜まった厳しい局面でマウンドに起用され、
追加失点を許したものの崩れずに終盤の投手に繋ぎました。
一時期投球禁止と宣告されていた痛む肩でよく投げてくれました。
中継ぎの役目をなんとか果たしてくれたのではないかと思います。
結果よりも何よりも、君が甲子園のマウンドに立つ姿を見れたことが私は嬉しい。
奇跡って起きるんだと私に思わせてくれた。
奇跡でないことも一方でちゃんとわかってる。
少年野球時代からの積み重ねと並外れた集中力、家族の支援の賜物であることは
日頃家族から聞く話で知っている。
すべきことを淡々と日々丁寧にこなし続けると、
一見奇跡かのような結果をもたらすんだな。
この家族から自慢も愚痴も聞いたことがない。
子供達がやりたいということをただただ支える、それだけ。
並大抵のことではなかったはず。毎朝5時出に合わせてお弁当作り、休日は遠征練習の送り迎え、体調管理…。
甲子園に出ることが目的でなく、視野に入れつつやりたいことを続けていたら甲子園が見えた。
そんな印象を受ける。
甲子園出場してなくても、親友の落胆はそんなに大きくなかったのではないかな。
校風もそんな感じがした。
アルプス席を赤いTシャツで埋め尽くした大応援団、
試合に負けて相手校の校歌が流れだしたら大きな大きな手拍子がそこから。
しまいに球場全体が手拍子でつつまれた。
先程まで、相手校の応援団の一角以外すべてのスタンドが地元滋賀代表の活躍を応援をしてたのに、
その人たちが相手の勝利を賞賛し始めた。
勝ち負けは二の次。
そんな精神が充満した会場の空気に心洗われました。
何度でも応援に来たかったので、もちろん勝って欲しかったけど、
こうして一度でも再び甲子園に招いてもらえて、清々しい体験をさせてもらえたことに満足。
父親の了承を得て息子くんをちょっとご紹介。
とってもいい写真が撮れました。
好青年でしょう(*^^*)
中学校の卒業文集だったかに、
「お母さん、居眠りしそうになりながら遠征試合の運転をしてくれてありがとう。」
って書いてあったそうですよ。
誰がどんな風に支えてくれているのかちゃんと見ていて、
また感謝の気持ちを表すことができる素直さがいいですね。
人の性格や行動パターンもよく見ていて、
「かあちゃん、学校の持ち物日曜やとまたできひんかもしれんし土曜に準備しといてな。」
と、小学校低学年の時に言ったそうです。
とっても気遣いな性格たけど、それを気付かせない
ひょうきんな振る舞いが親しみやすい空気を醸してるみたい。
両親の良いとこをうまくもらって立派に成長されました。
それがまた、感慨深いです。
素敵な思いが自分のなかでたくさん交錯した思いがけない「便乗甲子園の夏」でした。
アルプス席は応援に駆けつけた関係者で隅々までお揃いの赤一色。
親友はチケットの采配に四苦八苦で、親族分も譲りさばいてしまったそうです。
ダンナは深夜からチケット売り場の前でバスタオルをひいて寝て内野席を確保したそうです。
朝7時にはチケット売り場はこんな状態。
私は第1試合終了後に販売される追加チケットを狙って出発したけれど、
危うく売り切れ寸前でした。
高校野球を愛する人たち、たくさんいるんだなぁ!



