自分は筋金入りの
だめんず ならぬ、
ダメ女だと認めたら。
自分で自分を
笑えるようになっちゃったらね。
自分でそれを受け入れちゃったらね。
家族とは音信不通気味になり、
母とは完全に音信不通になりました。
( ̄ー ̄)
そりゃ、一瞬は落ち込んだけど
受け入れられるようになってた。
あぁ。そうなんだ。
そうだったんだーーーー。
って、附におちた。
心屋さんの魔法の言葉に出会ってさ。
どんなに苦しくても
どんなに酷いことをいわれても
どんなに無理を強いられても
「どうせ私は
お母さんに世界一愛されてる」
って、言ってきた。
私もお母さんも
愛情表現が下手なんだ。
二人とも拗ねてて
いじけてる性格なだけ。
私もお母さんも
被害妄想が強いだけなんだ。
そう思ってた。
実際そうだけど
もっと、そう思いたかったんだとおもう。
そういうこと「だけ」に
したかったんだと思う。
で、実際に音信不通になってみてね。
あらー。
お母さんには
残念ながら愛されてなかったんだわー。
残念ながら本当に嫌われていたんだわー。
って、分かっちゃった。
小さな小さな頃に
可愛がられた記憶も
愛された記憶もある。
家族として愛情に似た
情をかけてもらったことも
沢山ある。
助けて貰ったことも沢山ある。
あるんだけど。
私が血が繋がっている父親を
嫌ったように
母は自分で産んだ
私のこと嫌いだったんだなぁー、って。
「私のことを
母は絶対に愛してるはず」
そういう前提で母を見ていたから
疑いもなく母に接してきたから
そういう前提で私が行動していたから
全部、何かがおかしかった。
何か分からないけど
上手くいかなかった。
何か分からないけど
拒否されたり否定されてる気がした。
価値観が違うだけなのに
愛されてる筈なのに…?
ということが沢山あった。
母を責めながらも
私が被害妄想が強いんだ。
と、どこかで自分を責めてきた。
で、試しにさ。
「母は私を嫌ってる」
そういう前提に変えて母を見てみた。
そうしたら。
色んなことがシックリきた。
色んなことが見えてきた。
母は私を嫌いだった。
私の在り方、生き方が嫌いだった。
母が否定している生き方を
どうしてもしようとする私が
嫌いでしかたなかった。
それでも。
自分の子供だから受け入れないと。
自分の子供だから愛さないと。
自分の子供だから育てないと。
そう思って無理をしていたんだ。
そう思って愛そうとしてたんだ。
そう思って育てたんだ。
そうやって頑張って無理して
自分に嘘をついて
子供を理解出来ない
子供を理解すらしたくない
子供を愛せない自分を責めて
ずっとどこかで自分で責めて
生きてきたんだ。
だから、
私に責められると
見たくないものを
突き付けられた気がして
突き付けてくる私を責めてたんだ。
疑いもなく愛を求めてくる私に
無い愛を求めてくる私に
与えるよりも
むしろ母が人からの愛を求めているのに
母に罪悪感を感じさせる私が
息苦しかったんだ。
それを見てしまったら
それを受け入れてしまったら
ダメだ!と、思って
苦しかったんだ。
それを感じたらね。
ありがたいなって、思えた。
なんだか、笑えた。
それが例え子供でなくても
嫌いな人を養うって
苦しいよなぁ。
嫌いな人と一緒にいるのって
苦痛でしかないよなぁ。
お母さん、よくやったなぁって。
神様 仏様
仙人じゃあるまいし
嫌なもんは嫌なんだ。
それでも、
母なりに必死で愛そうとして
育てようとして頑張ったんだ。
私が欲しかった愛情の形じゃないけど
すっごく、いびつだけど
まぁ、これも愛だな。って笑えた。
育ててもらっただけ
人間愛は貰ってたんだなって分かった。
私は
本当のダメな自分を受け入れだした。
それと同じように
母も自分に嘘を
つけなくなってるのかもしれない。
本当の自分の気持ちに
気付いてしまったのかも知れない。
結果的には残念だけど
それで私も母も
もっと幸せになれるなら
それでいいか。