こんにちは~
今日はいつかお目にかかりたいな~と思っていたコンドリーザ・ライスさんについて書きます!
9日に開催されたInwood House180周年記念パーティ にボランティアで、まさに客寄せにご協力くださったライス女史、想像通り、というか想像以上にステキな方でした。
過去にライス女史について書いた記事です。
ブッシュぼくちゃん政権に絶望していたこともあり、政策に関してはかなり辛口ですが、大尊敬する方であることに違いはありません。
心配された女史のパーティ会場でのセキュリティの問題、
(ものすごく心配で、ミーティングでもいろいろな論議が交わされました)
また会場の批判者を避けるべく、どのような形で質疑応答をするかなど、
調整すべき細かな問題や心配事はたくさんあったのですが、
すべて大きな問題もなく、想像以上にスムーズに運びました。
結局、Inwood House のカリスマリーダーである(職員)、ボードディレクターの
リンダ・ブライアント(彼女も黒人です)が、ライス女史に質問をし、応えていただくという手法をとりました。
ライス女史のお話は、「教育の必要性」に尽きました。
上の過去記事に彼女の生い立ちについて概要を記していますが、
早くから才気煥発だった天才少女といっていい彼女に、
つきっきりで、自らがホームスクールで教えた母の存在。
それに応え、朝もはよからスケートやピアノに、その母の教えを守って精進し、
2年飛び級して早々と大学に入学してしまったのがライス女史です。
ご自身の経験から、厳しくも徹底した教育を授けてくれたお母さま、
そして周囲のキーパーソンの存在に感謝を忘れないライス女史でした。
彼女のスピーチは真摯で真面目な彼女らしさの中にジョークも交え、とても好感が持てるものでした。
最初は、コンサート・ピアニストを目指していたライスさん、
ある日、自分よりうんと小さい12歳の女の子が天才的にピアノを弾くのを見てしまい、
進路変更を決め、母親を説得します。
結局、ロシアの専門家としての方向に向かい、
ブッシュパパ政権下で起用されたのは周知の通り。
ある日、まだロシアの専門家とはいえ、ホワイトハウスでは駆け出しだった彼女に、
ブッシュパパが、ゴルバチョフ夫妻のお世話を頼みます。
その大役を受けた時、
「あ~迷ったけれど進路変更してよかった!」と思ったそう。
これを聞いて、あはは、彼女ほどの人だって、ミーハーなかわいいところがあるのね、となんだか嬉しくなってしまいました。
これをいうなら、
こうしてライスさんと握手をし、お写真を一緒に撮っていただく機会が持てたわたしも、
「あ~Inwood Houseのボランティアをしていてよかった!」と思いました。
さて、もう一人のゲスト、キャシー・ヒューは、ラジオ1の創設者でもあるのですが、
こちらも教育こそが、貧困を脱し、自分を押し上げてくれるツールだと力説しました。
彼女の経験はライス女史とは対照的で、かなり壮絶です。
16歳で恵まれない立場での妊娠、出産の経験をもつキャシー、
しかも黒人です。
二重、三重の世間の偏見や苦労を超えて、自分を今の地位にまで導いてくれたもの、
それはInwood Houseのような暖かい民間団体のコミットメントであったと語っています。
アメリカという国は、
ライスさんやキャシーも語っていますが、
敗者復活ありの国です。
粗削りの尖った才能をつぶさない。
特に若いうちに道を外しても、手を差し伸べてくれる世間があります。
