こんにちは、みーこですニコニコ

 

私は不安をとても大きく持っていました、不安の着ぐるみをすっぽりかぶって

着て生きていた、この表現がしっくりきますガーン

 

子供の不登校は、それぞれに原因、回復過程が違いますが、

親の不安(感)は共通している要素かもと私は感じるようになりました。

 

 

私の場合は、いくつか原因、理由はありますが、

最も意識して執着していたのは、吃音です。

 

私が小3か小4の頃から友達や同級生にからかわれはじめた記憶があります。

 

変なしゃべり方、なんでそうなの?、笑われる、などなど

言い返したくても吃るから、自分が言いたいように伝えられなかった…

 

学生時代はずーっと、

最初の一音が出にくい症状もあり、授業中に教科書の音読が当たったらどうしよう、

先生が誰かを指名するまで、胸がバクバク、身体は力が入ってこわばる、

「あーこの時間は指名されなくて良かった」と緊張が一瞬とける、

指名されたら、うまく読める日と、つっかかり同級生に一斉にみられる日があり、

博打のような時間でもありました……

 

小学6年生の時に担任が心配して、言葉の教室をすすめてくれましたが、

家から遠いという理由で母から反対され希望が叶いませんでした。

親から気持ちに寄り添ってもらえず、1人で悔しさや悲しさ怖さを抱えていたけど、

抱えきれるわけはなかったです。

 

その結果……

学校が怖い、人が怖い、外の世界が怖い、

自分が話すことで人にどう思われるか怖い、

人の表情から察する、気にしてしまう、

人に吃音がばれるのが怖い、恥ずかしい、

 

怖いを感じすぎやってられないから感情を麻痺させる事で、おどける事で、

頑張ることで自分を保ってきた。

 

その場で自分の気持ちを伝えたくても最初の一音がでてこない感覚が

あると、咄嗟に話しやすい言葉を選ぶという処世術を身につけた為、

自分の気持ちがわからなくなる、どんどん自分の気持ちから離れていく

 

大人しくいる事で、自分を抑える事で居場所を得てきた。

 

そんな後遺症、不安や自分に対する不信感を無意識に持ちながら、

緊張や苦しさが当たり前になり、できることを頑張ってプラスマイナスゼロの自分に帳尻合わせできたら

okな生き方をしてました。

 

息子が小学校に入学した時に、そういえば私学校が苦手だったよなぁ、大丈夫かな?

という不安が浮かんだのですが、お得意の見てみないふりをしましたタラー

徐々に私が持っていた不安を再体験していくようになりましたもやもやもやもや