GW久しぶりの実家で夕ご飯。


お寿司

ステーキ

ソーセージ

煮物

サラダ


加えて

柏餅

いちご

六花亭のお菓子


忘れていた、と、カニを出そうとしてきた


うちの親。


わあ!となる内容だったけど

もう、アラフィフだから

こんなに食べられない。

持ち帰りも検討しつつ


「美味しいけれど食べられない

私はもうすぐ50歳。

そろそろ子どもの年齢もわかって欲しい

胃が苦しくて、重い」


と、子どもの私は伝えた。

というより、訴えた。に近い。


美味しさと共に残す事への罪悪感。

最近少なめご飯だから

多く食べられなくなっているので、食べ過ぎが身体に堪える。食べすぎると身体も重いし胃腸が辛く、リカバリーに何日もかかってしまう。

私の中で食べ過ぎ→悪の構図が出来上がってしまっているんだよな。

お金もかかっているのに食べきれなくて勿体ない。

食べきれない分、たくさん持ち帰らせてもらった。



帰って寝る前に思う。


何であんなに食べ物出すんだろう。


何で毎回言ってもわかってくれないんだろう。


だけどね


これが精一杯の愛情表現なんだと気がついたら


なんだか涙が出た。



よく考えてみると、誕生日でも記念日でもなんでもない日に出てくるメニューとしては豪華すぎる。


あれ?もしかして。

柏餅って、、、子どもの日も近い。


久しぶりに集まるから、何かしてあげたいという気持ちがめいいっぱい詰まっているんだよね。

あれもこれも、良いと思ったもの全部出したい。

せっかく来てくれるから、たくさん食べてもらいたい。


親、体調良い訳ではないのに。

高齢だからもう色々できないと言っていたのに。

きっと、精一杯のおもてなしだったんだね。


ちょっと無理して笑顔で食べ切ってくれた夫もそこにいて。

無理して食べないでと、心配の方が先にあったけど

こんな、それぞれの優しさを持ち寄った

優しい空間だったんだなぁって

今頃気がついたなんて。


どこを切り取るかで

出来事の印象はこんなにも変わる。


食べる事はできなくなってきたけれど

次会う時はもう少し、

ありがとうの気持ちを伝えようと思った出来事。

優しさも愛情もすぐそこにあるのに見えない時もある。