先日、海外在住のヨガの先生から
久しぶりに日本に帰ってくると音が多い事に驚く😳というお話を聞いた。
お風呂が沸きました!
何時ですよ!
ご飯が炊けました!
確かに、日本の家電は便利になって、自分で音を聴き分けなくてもスッと次の行動に移れるようになっている!
そういえば!
先日、土瓶を買ってお湯を沸かしたら
全然、音が聞こえないなー😅って。思っていた。
土鍋とか、土瓶って、ほとんど音がしないから
耳を澄ませていないと絶妙なふつふつとした音は聞こえにくい!
目視で湯気が出て、やっと気付いていたけど、本当は耳を澄ませばもっと素材からちゃんと聞こえてくるのかもしれないな。
それから、意識して耳を澄ませてみたりしているんだけど
ある日、シーンとした中でふつふつふつ、、、と、土瓶で小さく湯が沸く音が聞こえたの。
静寂の中に、このふつふつと沸く音が心地よくて。
聞く気になればこんな小さな音も聞こえるんだと驚いた。
そういえば、お茶のお稽古の時には
シーンとした中で点てるお茶、茶筅の音だけが響く緊張した空気感の中にも心地よさがあったっけ。
なんだかこの、微かな音を楽しめるというのが、私の中でとても豊かな気持ちになったの。
それから、意識して音を聞くようにしている。
虫の音、川の音、風の音、木々の音。
自然の中にも、こうやって色々な音があるんだよね。
人工的ではない音に耳を澄ませると、何とも言えない嬉しさがある。
嬉しさとは、その場に調和しているという嬉しさ。木々、川、動物、私、、と、風景に溶け込めているって感じるんだよねぇ!
これも、足を止めないと気付かない事かもしれないね。
自然の音に耳を澄ませる時、足を止めて、目を閉じて。そういう時間が必要だものね。
二倍速で再生して聴く動画に慣れていると
ゆっくりって、無駄な時間のような、置いて行かれたような気がしちゃうかもしれないけれど
静寂の中には研ぎ澄まされる感性が育つ気もして、敏感さが人間らしさに繋がるのではないかなって思ったりもする。
便利になった反面、機械任せにしてしまうと、自分の感覚がどんどん鈍感に、退化しちゃうのかもしれない😱
ゆっくり生きてみるっていうのも色々な発見に繋がるね。
五感を錆びつかせないためにもちょっと気をつけよう!と思った出来事でもありました。






