まあ単純に「食いしん坊」ってダケなんですよ🤣 | コノ国の体裁(カタチ) ~幻像『大英帝国』の住人達~

コノ国の体裁(カタチ) ~幻像『大英帝国』の住人達~

 閃いて、まさに!という想いでつけたのですが……司馬遼太郎さま、ごめんなさい……!
 

 

   そう言えば私は「社員食堂」があるような職場に勤めた事は無い……いや、その「社員」の食事を作っていたことはあるが🤣🤣……建物を一歩出たら飲食店が一杯!というような大都市に住んだこともない。

 

  思えば家の周りにも気軽に食事出来るような店も殆どなかった。

 

 

 

  当時の「外食」、特に子供の外食=昼食と言ったら先ず

 

  「デパートの食堂」

 

  …であり、後は父と一緒なら「蕎麦屋」が基本。

 

 

 

  ただ、「マシ」だったと思うことは、親がそういう場所でも

 

 

  「メニューにあるもの」

 

  …であれば余程高額でもない限り頼んで良い、という態度だったことだろう。

 

 

 

  「モト」のように

 

 

  「自分と同じモノか

 

  自分のモノより安いモノ!

 

  だよねえ~?」 by「マオ」

 

 

 

  …を家族に強制する、なんてことはほぼなかった。

 

 

  だから「デパート」ではまさに今のファミレス状態。

   (母には「アンタはいつも変わったもん頼むねえ」と言われたりしたけど)

 

 

  「蕎麦屋」でもいわゆる「御飯物」がある店だったらラッキー!

 

  肉嫌いで、家では肉の匂いがするだけで不機嫌になるような父の前で堂々と「カツ丼」など食べていた。

  (無い時は何故か「月見蕎麦」🤣)

 

 

  そう言えば、私が社会人になったと同時くらいに『居酒屋ブーム』と言えるようなものが来て、当然大食いで食べることが大好きな私も同じ目的の友達同士で良く利用するようになった。

 

 

  その中で私は閃いた。

 

  ここって、「ウチ」向きだ、と。

 

 

 

  それまで家族で……と言うよりも父と「夕食」に出る時は、ほぼ100%「寿司屋」だった。

 

  その時にはかなり贅沢なネタも平気で食べていたのだから「今から思えば」それはそれでイイとは思うのだけど、正直「いつも」となるとつまらない。

 

 

  何より私達が寿司を食べている間に父はひたすら酒を飲み続け、父が最後に数個摘まんだらやっと終わり……と言うよりも、大抵は飲み過ぎて足元がおぼつかない父(食べている寿司の上に尻餅をつかれたこともある)をタクシーに押し込んで帰宅……というパターンが大嫌いだった。 

 

 

 

  そこで私はある日父に『居酒屋』に行くことを提案した。

 

  往年のヒット曲じゃないが『酒が飲める!』ことが第一条件の父、二つ返事で了解した。(因みに酒=日本酒)

 

 

 

  当然、父は最初からお酒を飲むものの「好みのおつまみ」が色々あるので飲み方がゆっくりになる。

 

  更に途中で「お茶漬け」や「雑炊」を注文しておくと最後には父好みの「冷めた&柔らかい御飯」で〆ることも出来る、ということで最初から御機嫌だった。

 

  母も(当然私も! ただその頃姉は既に家を離れていた)豊富なメニューから好きなものを注文出来たから喜んでいた。

 

 

 

 

  『居酒屋』は結婚して私が家を離れるまで、「家族」には貴重な店だったと今でもつくづく思う。