と、ここまで書いたような「ゴミ戦争」を、母は「長男扱い」の姉に対しては殆どしなかった。
それは母と同じく世間体重視で外面が良く、周囲のウケも良かったと同時に、我が家族らしく
「家族にダケは結構横暴」
…という「跡取り(似非)息子」に対する気兼ねがあったのだろう。
いや、それ以上に、やはり妙な所がクソ真面目且つズボラだった姉の「ゴミ」はつまらなかったんだろうな……と私は考えている。
そう、母はとにかく「差別」が大好きなヒトだった。
(だから過去形じゃないって!?🤣)
家庭内での一番の「差別」は私と姉の差別だろう。
姉はいい、でもオマエはダメ。
何で?
オマエはダメだから。
オマエはナニするか判らないから。
そんな「正当な理由」で、特に父が居ない時など、母は姉一人だけ連れて映画等に出掛けていた。
(注;当時あった「学校から配布された割引券」があったような時ダケだったけどね🤣)
服装一つにしても、姉は毎朝母から三つ編みをしてもらい、色の綺麗なスカート姿。
私は刈上げに半ズボン、服の色は
「アンタは汚すから」
…ということで紺・茶・灰色が基本。
父が居ない時でも、しょっちゅう
「アンタはサッサと寝ろ!」
…と言われ、居間で姉と二人で「ゆったりとした親子の時間」?を過ごしていることが多かった。
そんな同居していた頃に姉と「二人だけ」で出掛けたことなど……一・二回位はあったとは思うが、殆ど記憶にない。
と言うより、母は……特に私と姉が成長するに連れ益々
「二人だけ」話していることを嫌がった。
これもまた、普通の人には
「はあっ…?」
…ということだと思う。
「何コソコソ話しているんだッ!
イヤらしいっ!!」
…これが母の「定型文」。
別に「コソコソ」なんてしていない。
普通の音量で普通に喋っているダケでも、「二人だけ」で話している、と「母が思った」だけで怒りが「発動」する。
それでも「特別扱い」が普通だった姉はそういうことにずっと鈍感だったが、私は早くから気付いていた。
姉も、特に結婚後に私と言葉を交わすと怒鳴られることに最初は「違和感」だけだったようだが、私が説明して、その後「その通り」に母が行動することでやっと気付いた。
ここで「普通」の方達には「何で!?」だろう。
答えは簡単。
「二人だけで喋っている」
➡ 二人だけの秘密
➡ 『私』の知らないことだ!
➡ 許せないっ!!!
…これが母という人の「思考回路」なのである。