家族という形に対する試行錯誤 | コノ国の体裁(カタチ) ~幻像『大英帝国』の住人達~

コノ国の体裁(カタチ) ~幻像『大英帝国』の住人達~

 閃いて、まさに!という想いでつけたのですが……司馬遼太郎さま、ごめんなさい……!
 

 

 

 

  ただ、我が母が凄いのは、私が自身のゴミをそうやって「処分」するようになってからもなお諦め切れず?更にもう一歩踏み込んで来た、ということだろう。

 

 

 

  特に母が年を重ねたことで二階にあった私の部屋をマメに往復するのが(『無意識の意識』で)面倒臭くなってからは。

 

 

  (でも「今」考えると当時の母は「未だ」50代……だが、やはり根がズボラというものの現れだっただろうか?🤣)

 

 

 

 

  勝負は週に一回の「ゴミ収集日」だった。

 

 

 

  我が家は住宅地で「家の前」がそのまま当日のゴミ置き場になっていた訳だが、その当日の朝。

 

 

 

  当然自分の「ゴミ」をまとめ、その袋を家の前に置く。

 

 

 

  で。

 

 

  私が家に戻り部屋に戻ると即、既に自宅のゴミを捨てていた母がわざわざ外に出ると

 

 

  その袋を持って帰って来る。

 

 

 

  そして嬉々として「チェック」が始まる、という訳だ。

 

   (前記の「パズル」をしていたのはそんな時の様子)

 

 

 

 

  それを知ってから私は「収集車」が来る直前までゴミを出さず、

 

 

  車が来ると外に飛び出し、

 

  収集員の方に直接手渡す

 

 

  …ということをした。

 

 

 

 

  そうなると母も慌てて飛び出て来たのだが、時既に遅し!

 

  そんな「初回」は母は露骨に悔しがり、私はホッとしたことを覚えている。

 

 

 

  

  しかし、根が「ヒマ」な母である。

 

 

 

  その日から暫く、母と私の「ダッシュ合戦」が始まった。

 

 

 

  ある時などは母が私に追い付き……と言うか「私のゴミ袋」を捕らえてしまったが為に、収集員さんの目の前で本気の引っ張り合いになった事もある。

 

  (「そういうこと」は恥ではないらしい🤣)

 

 

 

  その時は私が勝った?のだが、追い駆けて来た母をギリギリで振り切り、動いていた収集車の後ろにシュート!をした事もある。

 

 

 

  他にも私自身が出せない時は「次」までそのままにしていたし、友達の家に行く時にゴミを持って行って捨てて貰ったこともあった。

 

 

 

  関西に移住する前は早朝出勤の仕事だったので、ゴミを持って出て、家から離れた別の家に出ているゴミの横に

 

 

  「すみません、置かせて下さい」

 

 

  …と言って捨てる、ということをやっていたから「少しは平和」だったけど。

 

 

 

 

   も~ホント、毎日がスリリング?🤣🤣🤣