猫に小判・豚に真珠……無礼者には「目には目を」? | コノ国の体裁(カタチ) ~幻像『大英帝国』の住人達~

コノ国の体裁(カタチ) ~幻像『大英帝国』の住人達~

 閃いて、まさに!という想いでつけたのですが……司馬遼太郎さま、ごめんなさい……!
 

 

 

  あのね、日本では「そういうヒト」のことを

 

  『手癖が悪い(ヒト)』

 

  …って言うんだよ?

 

 

 

  いや、まあそんな事を言ったらコノ国の人達は殆どソレになってしまうか?

 

 

 

  …と言う所まで書いて、いや、別に「コノ国の人達」に限ったことじゃないな……と、唐突にある「不愉快な人達」のことを思い出してしまった。

 

 

 

 (ここからはしばし「カイゼン」の話からは離れるけれどもお許し下さい。まさに「毒出し」🤣)

 

 

 

 

  思い出してしまった「不愉快な人達」とは、父の姉と(私と同年代と言えた)そのドラ息子の思い出。

 

  そう、私の「伯母」と「従兄」に当たる人達のコトである。

 

 

 

 

  父は4人兄姉の末っ子……兄・姉・姉・父……で、その伯母は「上の姉」に当たるヒトだった。

 

 

 

 

  普段父の親族とは殆どと言える程直接の付き合いが無く、当時東京に住んでいた伯母とは生前二回くらいしか会ったことがない。

 

 

  そしてそのうちの一回と言うのが、何かの用事か旅行かの序でに息子=「従兄」と一緒に「我が家」に数日間泊まった時のことだ。

 

 

 

  今ならホテルに泊まった方が気楽で……と考える人も多いと思うが、当時は(特に我が家の周りでは?)

 

 

  「その地に『親戚』が居るなら、

 

  先ずそこに泊まるのが当然!」

 

  …という雰囲気があったから、だろう。

 

 

 

 

  因みに私がその「従兄」に会ったのはその時が最初で最後。

 

 

  つまり

 

  お互い全くの「初対面」であった

 

  …ということを頭のスミに置いて読んで欲しい。

 

 

 

 

  父の一族は基本が明治時代そのままのような人達で「本家・分家」の感覚が凄まじく、私達家族で帰省しても「女」と言うか「嫁とその娘達」には食卓も食事内容も別だった……という話は以前した事があると思う。

 

 

  しかし「上の姉」であるその伯母はやはり「それなりの地位」があったと言うか、直接でも電話でも、父にも母にも常に露骨に横柄な態度だった……という記憶しかない。

 

 

 

  何せその時も私達が居る目の前で

 

 

  「アンタの教育が悪いから、

 

  こんな出来の悪い子供(=私達のこと)

 

  出来上がるんだ!」

 

  …と母に向かって言っていたことを今もハッキリ覚えている。

 

 

 

 

  そんなヒトが「息子」と一緒に来た……その「理由」は覚えていないが、最低3泊、若しかしたら5~6泊もしていたと思う。

 

 

 

  数えたらもう40年位前の話だが、その「従兄」だって20歳は完全に過ぎていたのだから、今の私からすれば

 

  「馬鹿親とマザコンか?」

  

  …でしかないのだけど……!🤣

 

  (因みに伯母にはもう一人、「従兄」に対する「姉(つまり私の従姉)」も居た)