『決定的な一歩』を決めた道程 3 | コノ国の体裁(カタチ) ~幻像『大英帝国』の住人達~

コノ国の体裁(カタチ) ~幻像『大英帝国』の住人達~

 閃いて、まさに!という想いでつけたのですが……司馬遼太郎さま、ごめんなさい……!
 

 

 

 

 

  無事銀行口座を開設した私は、早速大家であるママ友と一緒に『家賃補助申請』をし、別のママ友の協力と共に『生活保護申請』(含「児童手当」等)をした。

 

 

  当時はその全ての担当施設がバラバラで、手続きの予約も「言われた時間に来い」という感じだったから朝から夕方まであちこち歩き回った記憶がある。

 

  因みにこれら諸々の手続きは今『総合手当』(Universal Credit)としてほぼ一つの窓口で済むようになっている。

  

  デジタル化で手続きが簡単になった……と言うよりは「重複支給」をする人間(注;就職して収入が増えても「家賃補助停止」の手続きをしない、など)が増えた、というのが大きな理由らしいけど。

 

 

 

 

   いわゆる「生活インフラ」の手続きも終わり(殆どが娘さんが使っていた会社をそのまま引き継ぎ「名義変更」だけで済んだ)「補助」支給の目安も立ち、いよいよ具体的な「引越」をする日が近付いて来た。

 

 

 

   彼女に紹介された部屋は日本式で言えば「2K」。

 

   こじんまりした部屋が二つに半畳ほどの台所がついていた。

 

   一人なら充分、二人ならちょっと手狭……という感じではあったが「大家の実の娘」が住んでいたという役得?だろう、「設備」の一つ一つがしっかりしていたのが幸いだった。

 

  冷凍冷蔵庫は「備品」としてあったし、掃除機などの小型家電も

 

 

  「(娘が)要らないって言うから」

 

 

   …ということでタダで譲り受けた物も多かった。

 

 

   部屋は狭いが押し入れサイズの大きなクローゼットも着いていたし、コノ国では珍しく「給湯設備」がしっかりしていていつでもお湯が豊富に使えた。

 

 

 

   何よりママ友が本当に「御近所」だったので何かあると直ぐ駆け付けてくれたし、加えて旦那さんが器用な人だったので(ま、コノ国の『大家さん』は基本そうじゃないと生きて行けない、とは思うけど)電気系統で不調があった時などもサッと来て直してくれるのも有難かった。

 

 

 

   そして引越に関しても旦那さんの車である「小型バン」を出してくれる事になったのも有難かった。

 

 

  引っ越し先は「モトの家」から歩いて30分ほどの「町内」だったから、最初は「コロコロベンツ」(=当時私が買い物に利用していた旅行用の折り畳み式のカート。「モト」は「ババアみたいで恰好悪い」と文句を言っていた)で地味に往復するか……などど考えていたのだから。

 

 

  実際、二人分の引越荷物はその車に一回で全て積み込る程度で、二回目には私と「タオ」が乗って「現地」に行ける程度だったのだが、その「支度」という極些細な時間の最中ですら、私は「モト」という人間に失望することしかなかった……。

 

 

 

 (「モト」という人間の基本行動を知りたい方はこちら;自称「寛大で倹約家」のモト夫の金銭感覚)