今、私が順次『毒出し』している話を読み返すと、「モト」という人は本当に中途半端な(←これ大切)「完璧主義者」且つ「ナルシスト」であったな……と思う。
そして「そういうヒト」の事がずっと頭にあるからか、
「まさに!」
…としか言えない、こういう話が見つかったのでしばらく話をさせて下さい。
この本の日本語版の最初にはこう書かれている。
傷つくのは怖い
批判されたら腹が立つ
失敗したら恥ずかしい
…そう『恥』……!
私が「モト」に感じていた「屈折したナルシズム」は確かに
『自己愛性パーソナリティ障害』
…というものだったのだな……と妙に納得した。
そしてタイトル通り
本当の勇気は「弱さ」を認めること
(=恥がナルシストを生む)
…な訳だけれども、
「だらしない完璧主義者」
…の「モト」の言動は
「とにかく『恥』を掻きたくない!」
=自分は「完璧」な人間で居たい
=全て自分の思い通りになるべきだ!
…ということだった訳ですね……!
いや、私自身だってね、同じ『歪んだ完璧主義者』だったんだな……と言える「時代」もありますよ。特に子供時代ね。
でも私はそこら辺に関しては「学校」よりも「社会」で学んで来た……と思えるのですが、「モト」という人は(エエ年こいて)どうして今の今まで……と思っていたのですよ。
ある意味、「秘密主義」=「家族の恥」は無視!……という家庭環境は一瞬で「似ている」と感じたくらいですからね。
今、私がその差と考えているのは「性差」と、両親の「基本的な性格の差」。
お互い「恥」に対して過敏な両親であったものの、義父母は
「ビクビクはしているが、暴力的ではなかった」
ところが我が両親は
「ビクビクしながら、より弱い者を暴力で支配」
…しようする人達だった。
加えて私の方は最初から
「またオンナか!」
…という「否定」の中に生まれ、母には外見すらも「似非男子」を強制され、「社会」以上に「家庭」の中には自由が無かった。
逆に「モト」の場合は上二人の義姉達と少し離れて三人目に生まれた唯一の男の子、ということで基本「母三人」。
自分に特別感があっただろうし、「自分がやりたくないこと」は彼女達がやってくれただろう。
しかし「社会」では「男そのA」となる訳で、つまり
「家の中ダケは自分が一番」
…という環境だったのだろうな、と簡単に想像出来る。
だからある意味、私にとっては「社会」の方が「家庭」よりも気楽だった私と逆で、「モト」は典型的な「内弁慶」……それも
家族「ダケ」は自分の思い通りになるもの
…ということだったのだろう……。