『逆ヨーダ』最終話?です。
「お受験の理由」で大盛り上がりしたママ友達。
しかし「〇〇さん」が言っていたように、『逆ヨーダ』という人は普段、特に「そういう時」には一見とても常識的で落ち着きがあるように見えるし、一応それを裏付けるような経歴(=「先生」)もあるし、何より(自分の)イザという時には
『上手くやる』
…ことが出来る人だろう、ということも判っていたから(つくづく「姉」と同じだな……!)その場に居た皆の口からは
「〇〇さん、気の毒~!」
…という言葉しか出て来なかったと同時に、その「事の行き先」を少し楽しみにする雰囲気もあった。
しかし「年長」になると色々その学年だけの行事も多く、前記したように私も「委員」などしていたから、少なくとも私は『逆ヨーダ』と直接関わるようなことは殆どなくそのまま卒業となった。
その後本当に思い掛けない場所で再会?するワケだが(参照;『引っ込み思案で気が弱い』とこういうことをするのか?)、考えてみれば私はそれが『逆ヨーダ』と直接会った最後だった。
その後『子ヨーダ』が受験に成功したかどうか、ということは「風の便り」にも聞かなかったし、私自身もすっかり忘れていたのだが……卒業から2年ほど過ぎた頃だったろうか。
やはり幼稚園時代のママ友繋がりで集まった時、また誰かが『逆ヨーダ』の過去のぶっ飛び振りをネタに持ち出し、それに答えて「後輩」のママ友が「その後」の彼らの話を教えてくれた。
手っ取り早く言うと
「受験したのはしたのだが、
その直後に旦那の転勤が決まって
卒園と同時に関東方面に引越して行った」
おやまあ、とその場に居た他の皆はそんな感じだったが、私は
「うん、『逆ヨーダ』らしい……!」
…と思った。
何て言ったら良いんだろう……。
やることやったとしても「完璧」には行かない
…と言うかな?
『逆ヨーダ』が幾らナニかを言い出したとしても、結局いつもギリギリで彼女の思い通りに行かないと言うか?
「チャンと」最後にボロが出る、と言うか?
まあ当の本人が「ボロを出している」という自覚が無かったのだから本当に全くの「余計なお世話」だとは思うのだけど、それが彼女の「喜劇度」を増やしていたんだろうな、と今は思う。
あの「引っ込み思案で気が弱い母子」も既にババアとオバさんの年齢になっている訳だが、今もヒトにグイグイ押し切られる生活をしているのだろうか?……と、折に触れ思い出す人達でありました……!