『実地試験』と呼ばれる「タダ働き」 11 「イロ付ガイジン」は要らない 5 | コノ国の体裁(カタチ) ~幻像『大英帝国』の住人達~

コノ国の体裁(カタチ) ~幻像『大英帝国』の住人達~

 閃いて、まさに!という想いでつけたのですが……司馬遼太郎さま、ごめんなさい……!
 

  

 

   冷蔵庫の中身は、呆れるほどガランとしていた。

 

 

   買い物のタイミングでたまたま、だったのかもしれないが、まさに当日のメニューの為の「最低限」の食材がポツポツとおいてあるだけ。

 

 

 

  もうそれだけで「プロが居ない」ことが丸判りだったが、文句を言っても仕方ない。

 

  動線が悪い狭い台所を無駄に歩き回りつつ、食材を刻み、煮込み、クランブルを作り……とやっていたのだが、ふと気が付いたことがあった。

 

 

 

 

  台所には保母さん達もチョコチョコ出入りしていたのだが「主任」が来た時に聞いてみる。

 

 

  「あの~、『塩』は何処にあります?」

 

 

   すると「主任」は意外な回答をした。

 

 

 

 

  「ああ、幼稚園(保育園)の食事で

 

   『塩』を使ってはいけないのよ!」

 

 

 

    ……Σ(・ω・ノ)ノ!……!

 

 

  もちろん驚いたが、同時に「妙に」納得もしてしまった。

 

 

 

   その後にコノ国の「初級栄養士資格」を取った時にも感じたのだが、コノ国の『栄養学』では『塩』に対する規制が厳しい……というか、そのことに「は」熱心なのだ。

 

 

  『砂糖』に対する規制(基準)は緩いのに!

 

 

  確かに市販の「食パン」の塩分を段階的に減らしたことで「心臓病」が減った、というデータがあるらしいが(確かに私が関わり出した頃から移住したばかりくらいまでの食パンは「しょっぱい」という印象がずっとあった)だったら「油脂」や「砂糖」にももっと気を配れよ!と突っ込みたい。

 

 

 

 

  とにかく。

 

 コレだもの、不味くなるよなあ……「市販品」の方が美味しく感じるだろうなあ……という「納得」だった。

 

 

 

  まあ子供時代から「薄味」に慣れさせる、ということだろうけど、そんなのは先ず「食卓」に塩やソースを置かなければ良いだけだろうに。

 

 

  と言うか、『塩』とは食卓で掛けるモノ、くらいにしか考えていないのかもしれない。

 

  「ベーコン」とは『ベーコン〇〇』と料理名になければ必要ないモノ、としか考えらえない「ハウス」のオーナー(参照;でも彼も『調理師免許』は持っていたんだよな…!)と同じレベルってことだ。

 

   『塩』としての根本的な働き、見えない『塩』の存在など「庶民」が理解出来る訳がない。 

   

 

  

  そうだ、『塩』によって引き出される旨味、いわゆる「下拵え」とか「仕込み」とか、「『塩』を入れたお湯で茹でる」いうような「料理の基本」など彼らの頭の中には無いのだろう。

 

  問題なのはその「使用量」(と出来れば「種類」)だけなのに。

 

 

  と言うか「薄味」を支えるのは「旨味」である訳だが、そも『塩』がなければそれが引き出せない、ということを……「理解する訳ない」のは判っている……!

 

  (すみません、ここら辺の話になるとつい熱くなってしまいます…!)

 

 

 

 

   しかし『梨のクランブル』はともかく、それでは(『メキシカン・チキン』の方は)の方はタダの

 

  「鶏と野菜をトマト(注;缶トマトだった)で煮た『ダケ』

 

 

  …のモノになってしまう。

 

 

 

 

  いやいや、それこそ(コノ国で)「普通の人」なら、そんな事全く考えないだろう。(食卓で好きなだけ掛ければ良い『ダケ』だ!)

 

 

  しかし私は自分の『作品』として、どうしても納得する事が出来なかった。

 

 

 

 

   その時私は「思い出した」。

 

   『あの』ドケチの「ハウス」(参照;『御馳走日』でもこの程度~)ですらあったんだから、ここにも「必ず」あるんじゃないか???

 

   「一縷の望み」を持って、私は台所中の戸棚を探し始めた…。