「その場にある一番イイものは自分のモノ」
…それが「極自然に」=無意識=「当然」の事として出来る人。
その場に『第三者』が居ない限りは……!
(つまりそれって実はちゃんと「意識」してやっているって事よね?という突っ込みは無視されます…!)
繰り返し書いているが、それが「モト」という人。
我が家には元々食べ物(特にホームメイドの品)は何であれ
「形が悪いモノから食べること」
…という不文律があった。
それは個人的な考えとして
「出来立て」なら多少形が悪くてもカケラでも美味しい
形が良ければ多少古くても食べる気になる
…という二つの理由があるから。
だから子供達は結構早い段階から
「どれから食べれば良い?」
とか
「これが一番(不細工)だよね?」
…とか言って食べる癖が出来ていたのだけれども……もうお判りだろうが、「モト」という人の行動を予測して
「事前に何度言っても」
そして
「言われて何度逆ギレしても」
つまり、
何度『自分自身が』嫌な思いをしても
「モト」ダケは
「間違えたダケじゃないかっ!」
「気付かなかったダケじゃないかっ!」
…と怒って終わり!……という態度は最後まで(=もちろん「別居するまで」という意味。本人はまだ存命しております(^^ゞ)変わらなかった。
いや、「古いモノから使う」という普通の事すら普通に出来ない(参照;「モト」という人の経済観念 141)人だから仕方がない?と言えるのかもしれないけど…。
しかし、最大の問題はそうやって自分は「気付かなかったダケ」で、ボクは食べ物が多少古いとか形が悪いとかいう『そんな下らないこと』は全く気にしていないんだよ!という態度を外に向けてしている人間が、実は一番
「そういうモノを食べるのは大嫌い!」
…だということを、当の本人が『絶対に』認めない事だった。
それが一番良く判ったのは毎日の『食パン』に対する態度。
こちらの食パンは丸々の「一本(800g)」が基本。
それがスライスされて売られている訳だけれども、当然両側には「耳」……関西で言う『パンのヘタ』がある。
「モト」はそうした『食パン』を
「パンの乾燥を防ぐから」
…という自論で『必ず』ド真ん中から食べ、最終的に『パンのヘタ』を残すようにしていた。
その『パンのヘタ』が「モト」が知らない間に、そう、「モト」の理想通り、「いつのまにか」無くなっているのなら平和だったのだが、問題は「モト」自身がそれを食べる「順番」になった場合。
「これはね~、パンの両端の部分であって、
中(=耳以外の部分)は少ないけどね、
香ばしくて、とても栄養もある部分なんだよ!」
先ず『必ず』こういう「講釈」から始まり
「…だから、キミたちが『食べてイイ』んだよ!」
…というアリガタイお言葉で決めて?くれるのだ。
そこで特に私が
「自分が食べたくないって事よね?」
なんていう本音には突っ込まず、
「新しいのを『食べてイイ』ですよ」
…とさえ言えば平和は続くのだが、私は
「そんな素晴らしいモノなら、
アナタが食べてイイわよ!」
…と言い、「マオ」はストレートに
「要らない」
…と答えていた。
(元々、家族の中で食パンを一番食べるのは「モト」だったしね)
しかし、そうしたらしたで「モト」は
「どうしてキミ達は
そういう『勿体ない事』が平気なんだ!
そもそも…」
…という調子で、ナンのこっちゃ良く訳も分からない別の「講釈」が始まるのだから面倒臭いことこの上ない、という感じだった。
それでも私達の目の前で言い出した時は最終的には露骨に不満顔のまま
「自称・栄養満点なパンのヘタ」
…を食べていたのだから、それならそうと黙って食べればイイのに……と考える私の方が間違っていたんだろうか??
因みに、その場に一人=「モト」しか居ない場合は『必ず』買い置きしてある「次」の食パンに手を付け、『万が一』私がそれを咎めると
「間違えたダケじゃないかっ!」
「気付かなかったダケじゃないかっ!」
…とキレて終わり、の「繰り返し」でありました……!