「モト」という人の経済観念 22 理想は『DINKS』 | コノ国の体裁(カタチ) ~幻像『大英帝国』の住人達~

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 閃いて、まさに!という想いでつけたのですが……司馬遼太郎さま、ごめんなさい……!
 

 

  

  そんなにオカネの苦労をするなら、何故アナタも働かなかったの?

 

 

 

 

  …と思われるのは当然だと思う。

 

 

 

 

   私自身も別に「三才神話」がある訳でもなく、出産してある程度落ち着いたらパートから何か……くらいの事は考えていた。

 

  「モト」に至っては産後直後から

 

 

  「イツになったら働くんだ?」

 

   …という態度満々だったのだから。

 

 

 

 

 

   実際、コレに関して言えば「私がズルい」と言える。

 

 

 

   私が「モト」が泣く程嫌った『専業主婦』で居続けたのは、

 

 

 

 今のままで私が働いても『トク』するのは「モト」だけ

 

 

 

  …という『現実』がもう当初から見えていたからだった。

 

 

 

 

   元々「モト」の「理想」とは

 

 

   『DINKS』=ダブル・インカム・ノー・キッズ

 

    =夫婦共働きで子供ナシ!

 

 

 

 

   何より「モト」にとって「共働き」という事は、

 

 

  「ボクが稼いだオカネは全部ボクのモノ!」

 

 

  …になる、という発想しかなかった(いや、過去形ではないだろう…)。

 

 

 

 

 

  更に彼にとって「下種」である『家事』という仕事は本来自分がするものではない、という考えが「無意識の意識」で染み付いている人間。

 

  まして自分にとって「予定外」で「騙された」だけ、であった『育児』など「ヒトの仕事」以外の何モノでもない。

 

 

 

  つまり「モト」と一緒のまま『私が働く』ということは

 

 

 

 

   私の給料は全て「家計」に使い

 

   家事・育児は全部私がする

 

 

 

   =モト」のケツの始末を含む、

 

 

   …ということだった。

 

 

 

  もっと言えば当時の「モト」は「職種」にもうるさく、

 

 

  「スーパーのレジみたいな仕事はするな!」

 

  …などと、堂々と言っていた。

 

 

 

 

  当時「自分の周り」に居る日本人女性……特に旦那が外国人の女性達は、大抵『英語の先生』という肩書があったから、それと同程度に「自慢」出来るような職業じゃないとイヤだ、という『正当な理由』。

 

 

 

  そりゃ~彼女達は「地元」で育った事で土地勘もあり、大学に行ったり留学したりという華々しい?過去がある上、幼い子供が居たとしても旦那と交代でシフトを組んで育児をしたり、自分の親の家が近くて自分が働く時には子供の世話をしてくれている……という人達ばかり。

 

 

 

  「モト」という人はそういう『総合的な背景』には全く気が向かず、常に表面的な部分だけ見て「いいなあ~」と指をくわえる『ダケ』の人だった。

 

 

 

 

 

   「自分の妻」は他人に自慢出来る職業に就き

 


   家の中はいつもピカピカで

 

 

   出て来る食事は常に自分が好きなモノで

 

 

   自分が飲みたい時にお茶が出て来て

 

 

   ゆっくりと知的で芸術的な会話を交わし

 

 

   下らない家事と育児は

 

 

   「いつの間にか」

 

 

   自分が居ない間にスマートに終えていて

 

   

   子供は自分が気が向いた時にだけ目の前に現れ

 

 

   「いつの間にか」

 

 

   自分の理想通りの教育を受けている

   

   

   故に自分は自分が働きたい時間だけ働き

 


   

   家に戻ると妻は常に綺麗なドレス姿で出迎えてくれる

  

   


   …そんな「理想の妻」になれなかった私が悪い、のだ……!