「モト」と言う人は、「非・日常」というものに『異常に』弱い。
「非・日常」と言っても別に「大洪水」とか「戦争」とか「爆発」とか「地震」とかいうレベルまで行く必要は無い。
(但し「地震」は経験あり。もちろん「普通の男女」だったら即離婚」レベルではありましたが)
とにかく「いつものパターン」とちょっとでも違う状況は全て「非・日常」となり、尚且つそれらを何度体験しても身に着かない人、と言っていい。
もちろん「モト」自身に全く自覚は無いものの、ほんっと~に「日常」の中でしか生きれない人だな~、と一緒に生活していて思ったものだ。
もっとも一番自覚が無い「モト」自身は(これも「口癖」だった)
「ボクは何でも『フレキシブル』に対応して…」
…とも良く言っていたが、彼が「フレキシブル」と口に出す時はほぼ
「自分はやりたくない」
…という意味でしかなかったのだから、その中身に信憑性がある訳もない。
まさに『十年一日』という言葉がこれほど似合う人は居ない人にとって、例え自分で決めた事であろうと『引越』とは天地が変わる程の「非・日常」。
いや、本来なら今でも、「ら〇〇くパック」のCMのように
自分の知らない間に自分の思い通りに全部終わっていて、
自分はソコに行って寝そべって本を読めば良いダケ
…になっていて欲しい、くらいの発想しかない。
(もちろんその「コスト」などは自分の頭には無い)
私が初めて「モト」と『家族としての引越』をしたのは、結婚して二カ月程過ぎた時のこと。
妊婦で転がり込んだ「モト」のアパートは日当たりの悪い「1K」だったこともあり、私が簡単に動けなくなる前に……と急ぎ探していた中で出会った物件が気に入り、結局離日までの13年余りを全て過ごす事になった「日本の我が家」への引越だった。
出来るだけ早く引っ越す事は考えていたので私の荷物はまだ殆ど親の家に置いたまま。
元々「生活力」が無い「モト」が持ってたモノと言えば「自分のモノ」以外は殆ど「貰いもの」……それも、パッと見た時に犬用の食器?と間違えた蓋もない古びた鍋とか、今なら確実に博物館行だろう……というかまさにそうなっていた(↓)埃だらけの「筒型掃除機」とか

(松下幸之助歴史館の紹介写真より)
当時であっても、別に特別な金持ちでなくても、
「こんなもの『未だ』あったの!?」
…と言いたくなる、貧乏慣れしていた私でさえもし万が一「あげる」と言われても引き攣った笑顔で断る、こんなモノなら無い方がマシ、と言えるモノばかりだった。
言ってみれば「くれる方もくれる方」だが、「もらう方ももらう方」。
まさに「安いがイチバン!」の真骨頂、自分の興味に関係ない事であればあるほど
「タダであればイチバン!」
…な人だった訳だ……!