何が起こったのか、と思った。
「いつもの番組」で最初に映像を観た時には。
初段階で場所と状況を知った時、これは酷いことになるだろうなと覚悟したけれども、その後その背景を知れば知るほどやり切れない思いにさせられてしまう。
そういうものだ、と言ってしまえば一言だろうが今回「も」犯人のその余りに未熟な発想に腹が立つのを通り越して、情けなくなってしまった。
誰かがコメントの中で
「金額的な問題だったら裁判に持ち込むとか出来ますから…」
…と言っていたが、今回の『正当な理由』だって(それが本当だと言うのなら)法的手続きで十分対応出来ただろう。
今回の件は『逆恨み』にも値しない。
一方的な『勘違い』を、その正しい状況も証拠も、何一つ自分から把握しようとしないまま『襲撃』しただけ、でしかない。
自分のオモチャが壊れているのを見つけて、腹を立ててたまたま前を通りがかった人を蹴っ飛ばしたようなことだ。
そんな
「子供みたいなこと」
…を、エエ年こいた大人が堂々とやっている。
「がたいが良かった」というアノ犯人の精神年齢は幾つなんだろうか?
今の時代、嫌と言うほど映像が残ってしまう。
あの状況で、あの中で、何の罪もない若い人達が何が起こったかさえもわからないまま亡くなって行った。
こういう事件が起こる度にあの映像を繰り返し見せつけられる、否、見てしまった家族や関係者の気持ちは幾何か、と思ってしまう。
どんなに苦しかっただろう。
どんなに悔しかっただろう。
『京都アニメーション』という会社の名前は知らなかったが、数年前「タオ」と一緒に『聲の形』を観に行ったことがある。
既にクラウドファンディングが始まっているけれども、どうにか、どうしても、立ち直って欲しいと思う。
アニメ(漫画)は紛うこと無き日本の『世界遺産』だ。
合掌