この世には、
「実際にやったことは無いけれども、頭ではやり方を何となく知っている」
…という事は多いと思う。
卑近な所では料理や掃除方法だってそうだと私は思う。
誰だって「最初にやる」時は上手く行かなくてもアタリマエだし、上手く行かなければ周りに聞いたり調べるなりして「練習」するうちに上手になって行くものだと思っている。
何より、自信が無かったら事前に調べたり、知っている人に教えを乞うたりするだろう。
でも、コノ国の人達の言動を見ていると
「実際にやったことは無いけれども、頭ではやり方を何となく知っている」
…程度の事を
「コレが正しい!
自分が上手く行かないのは
自分以外の何かが悪い!」
…という態度で挑み、一回で上手く行けば自分はもうエキスパート、行かなかったらあらゆる理由で罵倒した末にその存在を無視して終わり、つまり「永遠に学ばない」という態度に満ち溢れている人の方が多いと思う。
(コノ国の人間の行動は全てソレで、尚且つ「確認」や「自省」をしないから、いつまで経っても『同じ馬鹿』を繰り返すのだと思っている)
そして御多分に漏れず「モト」も全く同じ感覚を持った人間だった。
既に何処かで書いたかどうか忘れてしまったが、私が『忙しいから』オムツ替えを頼んだとしても
「今ボクは如何にして
そういう(下らない)事が出来ないか?」
…ということを延々説明されるか、呼び出されて
「足、押さえていて!」
…とアタリマエのように言われるか、のどちらかだった。
それでも私が数時間、どうしても子連れでは行けないような用事で出かける時には「モト」が一人でオムツ替えをした事も数回(片手で余る)あるのだが、いつも戻ってみるとどうも赤ん坊の機嫌が悪い。
赤ん坊の機嫌が悪いから「モト」の機嫌はもっと悪い。
「自分は一生懸命やっているのに!」
…機嫌が直らない赤ん坊が悪い、何より赤ん坊を置いて出掛けるオマエが悪い、という態度満々。
しかし、その理由=原因は『毎度』単純なのだ。
今はどうなっているかは知らないが、「モト」が紙オムツというものを
(腿周りのシャーリング部分を)
『広げないで、そのまま当ててしまう』
…からだった。
それじゃ大人だって腿の付け根がゴソゴソして気持ち良くない事くらい、
「見たら判る」
…というモノではないか?
と、『毎度』思っていた。
いや、多分「見てもいなかった」んだろうけど。
もちろん、私はその度に「注意」をする。
その時の「モト」の返事も決まっていた。
「気付かなかったダケじゃないか!」
そして改めて「正しいやり方」を教えた時の返事も同じ。
「あ~、わかった、わかった!」
…そしてその次も
「また同じ間違い」
…が繰り返されるだけ、だったのでした……!