「(心愛ちゃんが)虐待されていれば、自分に被害は来ないと思えた」
『母親』のこのコメントが発表された時、私は
「ああ、こういうヒトは『やっぱり』同じことを考えているんだ」
…と思っていた。
私が虐待を受けたのは主に母の方だった訳だけれども、母の目の前で父が私達に虐待と言えるようなことをしている時の母は、時にヒステリックな態度でちょっと言い返すことはあっても具体的な手段で止めに入るような事はしなかった。
つまり「無視」。
特にそれが顕著だったのは、「セクハラ」……父が思春期を過ぎた娘達の入浴(着替え時)を覗く時だった。
注文住宅=ひたすら父の意見だけで建てられた「親の家」は、あらゆる部分で
「なんか変」
…な造りになっていたのだけど、浴室はその最たる部分だったと思う。
浴室は台所兼洗面所の部屋、その洗面台の横に出入口があり、『脱衣所』は使う時に浴室前に設置されていた洗濯機のスキマ前に突っ張り棒でカーテンを引くだけ。
つまり洗面所に立つと直ぐ右横が『脱衣所』になり、普通にカーテンを閉めたくらいでは洗面所前の『鏡』に「そこに立つ人」が丸見えになる、という構造だった。
居間と台所は隣り合っていた。
そして台所が極端に狭いこともあって普段からドアは開けっ放しにしていたのだけど、そこで父が居る時に娘達の入浴が始まると、父は「用もないのに」……そう、
「居間と洗面所の頻繁な往復」
…が始まった。
ハッキリ言って自分が『覗き用』にそんな構造にしたんじゃないか?と穿った考えをしてしまう程だったが、もちろん「そのこと」に最初に気が付いたのは私。
ある日ふと、着替えている時や風呂から上がった時、時に入浴中であっても
『鏡越しの妙な視線』
…を感じたからだった。
そこで姉が入浴していた時、子供部屋に戻らず観察してみたら……という訳だ。
以後、私は自分の入浴時には台所のドアをシッカリ閉めることにした。
満足に手入れされていない、建付けの悪い家のドアは開閉の度にいちいち余計な音がする。
家の中から音がすると空き巣は入らない、というのと同じで根が小心者の人間は無意識で敬遠する、というアレだ。
それでも姉の方は「普段通り」にしていたので……たかだか20分くらいの間に5回も洗面所を往復しなきゃならない用事ってのは何なのでしょうね?
そしてその『現行犯』の状況で、目の前に居た母に訴えたことがある。
しかし、『やっぱり』目をそらして「無視」。
ブツブツ何か言っていたが、決して『認める』ことはしなかった。
自分に直接関係ないことでさえあれば
「父の機嫌が悪くなる」
…ようなことが一番嫌だったのだろう。
(一番驚いたのは、この事を忠告した姉自身『も』
「そんなことある訳がない!」
「そんなこと誰にも言うんじゃないよ!」
…と言うだけで「認める」ことをしなかったことだ)
その時も私は
「この人は、父親から『も』子供を守ってはくれないんだな」
…と再確認しただけだったのだけど。