裏世界の「全て」を知る『タダの主婦』??? 『決別』&『その後』3 | コノ国の体裁(カタチ) ~幻像『大英帝国』の住人達~

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 閃いて、まさに!という想いでつけたのですが……司馬遼太郎さま、ごめんなさい……!
 

 

   結局『キュリさん』の「生のお姿」を見たのはその日が最後だった。

 

 

 

 

   直ぐに年が明け、春になっても全くすれ違うことも無かった。

 

   実は以前チラと

 

 

  「年が明けたら直ぐここの賃貸契約の更新がある。

 

  絶対値上げされるだろうからもったいない!

 

  その前に(息子の側に)引越するつもり!」

 

 

   …と言っていた事があったので(周囲は「そう簡単に決まらないだろう」と疑いの目で観ていたんだけど)本当にそうなったのかね、などと言っていた。

 

 

 

    

 

   『決別』から半年ほど過ぎた時だったろうか。

 

   やはり二人共通のママ友から連絡が入った。


   彼女は『キュリさん』を互いが結婚した直後くらいから知っているという人で、それこそ『キュリさん』を通して知り合った。

 

   夫婦共に年金暮らしとなった今も互いに仲睦まじく悠々自適、子供は3人で孫が6人……という『キュリさん』にとっては常に垂涎の的!という人だったが、『キュリさん』がコノ街に移って働き始めてからは二人の間に交流も殆ど無くなり、今では逆に彼女の方から私に直接「お直し」の依頼ついでなどに時折互いに連絡を入れてくれるようになった人だった。

 

 

 

 

    久しぶりに待ち合わせをして会った時、それとなく彼女に聞いてみた。

    もちろん『決別』のことは一切口に出さず。

 

 

 

   「『キュリさん』この頃向うから連絡もないし、

  

    全く姿を見かけなくなったんですけど、何か御存知ですか?」

 

 

 

 

 

    「ああ、アノ人ね、引っ越したわよ!」

 

   …アッサリとそう答えた。

 

    

 

 

    彼女の話をまとめるとこんな感じだった。

 

 

    息子さんが「家の購入」と「ビジネス開始」の準備をしていた頃に「ダンナ」の正確な居場所が判り、直ぐ裁判となってめでたく?「財産分与」が行なわれる事となった。

 

 

  「でもね、今は彼(=ダンナ)に不動産があるワケじゃなし、オカネの方も随分使い込んでいて、結局思っていた通りの金額は取れなかったらしいよ」

 

 

 

   とにかく、またある程度まとまったオカネが手に入った『キュリさん』母子。

 

   『キュリさん』にとって『運命共同体』の息子さんはお陰で本格的に「ビジネス」を始められたらしいのだが、手に入ったオカネの一部で「家」の予算も上積みして自分が購入した家に『キュリさん』の部屋を用意し、メデタク春頃に引っ越して行ったそうだ。

  つまり、コノ国では珍しい「二世帯同居」だ。

 

 

 

  「結局、その方が彼(=息子さん)にとっても安上がりだからねえ~!」

 

 

 

   おおそれはメデタイ、まさに『キュリさん』が望んでいた理想ではないか!?と私は思ったのだが、話はそれだけで終わらなかった。

 

 

 

   「ず~いぶん気ぃ、使っているみたいよ。

 

   相手(=息子さんのパートナー)が一日家に居る時もあるからって、昼間は大体無料パス(=ロンドン市発行の高齢者用交通費無料パス)使ってあちこち動き回っているんだって~」

 

 

 

  …う~ん、まあ元々そういう事が好きなようなことを言っていたから、本人は結構楽しいんじゃないかな……と私は考えたのだが、彼女の次の言葉には流石に考えさせられてしまった。

 

 

 

 

  「相手(もちろん、息子さんのパートナー)が犬嫌いだからって、

 

   『アノ犬』を手放してしまったのよ」

 

 

 

   ……(◎_◎;)

 

 

 

 

 

 

   「このコはウチの義母と誕生日が同じなの!

 

   ウチに来る運命だったのよ!」

 

 

 

    …と言い、食器を共有するほど溺愛していた『アノ犬』を??

 

    それが『息子パワー』というモノなのか????

 

 

 

 

 

    彼女と別れた後も私は考えていた。

 

    今後『キュリさん』が年を重ね外出が億劫になり、一日中家に居るようになったらどうなるのか、と。

 

    アンタがのんびり他の家の『心配』なんてしていられる立場か?と突っ込まれそうだけど、『心配』とはちょっと違う。

 

    自分が同じような身体になったら?……という自分に向けての『シュミレーション』だった。

 

    残酷かもしれないが『好奇心』だと言っていい。

 

    

 

 

    とは言っても、そこから後の話は私の耳に入っていない。   

 

 

 

 

    『家族の在り方』を考えさせられる出会いだったな……と今は思っている。