「ちょっと!
いつになったら終わるのよ!
早くしなさいよっ!」
…背後から『いつも通り』の『疫病神H』の声が聞こえた。
そう、彼女としては一刻も早く「愛しの上司サマ」の元に馳せ参じ、自分の有能ブリをアピールしたかったのだろう。
でも「二人一緒に」って言われましたからね…。
いつも通りの声、予想通りの展開に私は笑い出しそうになりながら、『疫病神H』の顔から視線を外したまま、
「コレやって、アレやって、
ソレをやってからじゃないとダメだから、
あと20分くらいですね!」
…と答えると『疫病神H』はムッとした顔をしつつ、一度引っ込んだ。
そりゃそ~だ。
私以外、他にやってくれる人は居ないのだし、下手すれば
「じゃ~手伝って下さい!」
…と言われるかも知れんのだから。
『疫病神H』は15分ほどして戻って来ると、今度は言葉は発せず出入口の真ん前に立ったまま、また露骨にイライラした顔で仁王立ち(という言葉は彼女の為にあったのだ、とつくづく思った)していた。
ヒマだねえ。
と言うより「アンタの仕事」はどうなっているんだ?と突っ込みたかったけど、もちろん何も言わず一見無視。
でも横目でその表情をしっかり捉えながら私は仕事を続けた。
まあイジメ体質の『疫病神H』からしてみれば自分がどんなに怒鳴ろうとイジメようと、他のケアラーのように彼女の言葉に一々反論するでもなく、逆にオロオロ服従するでもなく、殆ど表情を変えずほぼ『無反応』な相手に一番腹が立つのは当然だろう。
けれども、なんと言っても基本的に『仕事の内容』が全く違うのだから余り突っ込む事は出来ない。
突っ込めないから益々『面白くない』。
どう転んでも自分の方が「立場は上」なのだから、堂々としていれば良いのにねえ……。
しかしそれが彼女の『限界』、同じ穴のムジナ又は引き寄せの法則、あのオーナーにしてこの主任、まさにピッタリの「人材」が引き寄せられて来た、というものだろう。
(本来『M夫』が「マネージャー」で『疫病神H』は「マネージャー代理」という肩書だったが、再三申し上げるように『M夫』はほぼ「飾り」、実質的オーナーと言えるのは『M妻』であり、その権力の範囲から言っても『疫病神H』の位置は「主任」と呼ぶのが私の感覚としてはしっくりしていた)、
とにかく仕事に一区切りがつき、私はちょっともったいぶって作業台その他を「丁寧に」拭き上げる。
そこから「さて!」という雰囲気で手を軽く叩き、私はやっと『疫病神H』の方を向いてニッコリした。
「行くわよっ!」
焦る気持ち丸出し、いつもより早足でドスドスと前を歩く『疫病神H』に続き事務室に入ると『M妻』がPCを見る手を止め
「ああ、座って。ちょっと待ってね」
…と言い、『疫病神H』はニコニコと『M妻』の直ぐ側にあった椅子に、私は『M妻』のほぼ正面にあった、少し離れた椅子に座った。
私が『M妻』と対峙しているように見えても、横目で『疫病神H』の表情がしっかり見れる位置で。
『M妻』はPCを閉め数枚の書類を手にすると「一応」私を見ながら話し始めた。
「リオ、新しいメニューになってから
食材の減りが随分早いんだけど、
一体どうなっているのかしらね?」
私はニッコリと、しかし普段以上にハッキリ答えた。
「さあ~?
私は『あのメニュー』
の通りに~、
『疫病神H』に
言われた通りに~、
毎日作っている『だけ』ですから~!
私に言われましても~、ねえ?」
…と、同意を得るフリをして『疫病神H』の方に顔を向けた。
その会話の直前まで
「コイツ(=私のこと)が
『また』どんな事で
注意されるのか
楽しみだわ!」
…というような表情とオーラ満載だった『疫病神H』。
その途端に笑顔のまま引き攣り、私にはそのオーラがまさに風船が萎むような音を立てて縮み上がって行くのが見えた……。