平日昼間に投稿する
「なんで私たちが山の中に住んでいるのか?」を
説明するブログ。
それには私の子育てを書かないと説明ができなくて
結果的に
とんでもなかった私の子育てを振り返って書いているのが
平日昼間のブログです☘️
現在20年くらい前の話です。
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今回は
このブログの続きです。
次男が小学校に入り
娘が4年生になって男性教諭が担任になった時
長男は6年生になり
5年生の時の
あの嫌な予感のする27歳の女性教師のK先生が
持ち上がりとなりました。
長男、娘には
かなり早い段階で
発達障害であることは本人たちに告知していました。
文明の力を発明した人たちは
みんなあなたたちと同じような人たちであったこと。
あなたたちは個性的で面白い子達であること。
苦手な部分はあるけど
その分 他のところがたけていること。
得意な部分を伸ばすことができれば
すごい人になれるかもしれないこと。
得意な部分が伸びれば
苦手な部分は補えること。
恥ずかしいと思わなくていいこと。
ただ、自分の苦手な部分は知っておいて
それが世の中の人の迷惑になることのないように
自分で自制をかける練習を一緒にしていくこと。
ママは
個性的なあなたたちが大好きなこと。
個性的じゃないとつまんないから
個性的に生まれてきてくれてありがとうと。
あなたたちはあなたたちのまま、そのままで良いこと。
変わる必要はないこと。
そういった話をしました。
次男にも少し大きくなってから同じように告知しました。
そんなふうに告知したので
うちの子たちは
自尊心・自己評価・自己肯定感などが
低くなることはありませんでした。
特に長男は
流行りのゲームなどにそれほど興味がなく
帰宅後友達と遊ぶことは少なかったですが
気がきく子で優しくて怒ることがなく
リーダーシップがあり
エンターテイナー気質で
自分に自信を持っていたので
1人でも突き進むことができて
夢や意見を堂々と言えて
学校生活の中では自然と目立つ存在になっていました。
さらに
理科の自由研究や
図工の絵画などでも毎年のように賞をいただき
学校の水泳大会や
市町村内の全小学校対抗水泳大会でも
賞を総なめにしていたので
目立ちたくなくても目立つようになっていました。
心理検査的には
ばらつきこそあるものの
IQは平均より上で
雑学をよく知っていて
物事をよく考ていると言うことが見えました。
周りに流されない自分軸の信念を持っていて
わがままを言うことのない
よく笑い元気な
よく気のつく
非常に素直な子でした。
このころはチックも落ち着いて
多動もそれほど目ただなくなっていました。
3〜4年生の時の退職間近の担任の先生や
委員会の先生などが
そう言った長男の性格をいつも褒めてくださり
伸ばしてくださったこともあり
長男のしっかりしている部分が
良くも悪くも目立つ傾向があって
学校の中で注目を浴びやすい子に育っていました。
でもその性格が
5〜6年の担任のK先生は
好きではないようでした…
5年生になってK先生が担任になって
長男について話に行った時も
嫌な予感がしたのですが
長男と担任のK先生は正反対の性格だったのだと思います。
「こんな子がいるはずがない。
こいつには下心があるんじゃないか。
本当は悪い人間なんじゃないか」
そういつも疑っているところがあり
それが
「この子が裏で糸を引いて他の生徒に悪事をさせている。
この子は私の王国を壊す」
と先生の考え方が徐々にエスカレートしたようでした。
当時K先生は26〜27歳。
教職4〜5年目で自信がついてきて
いわゆる
「自分が王様で生徒は民衆や奴隷」的な
そんな間違った学級王国を作ってしまうがちな年齢。
とにかく
いろいろはっきりしている長男に対する当たりが
5年生の時から非常に強かったようでした。
マラソンの時もそうでしたが
次男が病気で私がバタバタしていることで
長男は気を使い私に言わなかっただけで
実は5年生の時から
やたらK先生から注意を受けるようになっていたようです。
しかも理不尽な理由で…
6年生になり半年が経った頃
修学旅行がありました。
修学旅行の事前に
6年生全体(2クラス)の親への説明会がありました。
修学旅行に向けて
準備や注意事項についてでした。
説明会は全て学年主任の男性のS先生が行っていました。
S先生は
私より少し年上だと思うのですが
非常に堅物な先生という印象でした。
「私にも6年生の子がいる。
先日の修学旅行でうちの子が下着を無くしてきた。
修学旅行は子供たちが浮かれるので
うちの子でさえもそういったことがおこる。
名前をしっかり書いて
自分で自分の身支度ができるようにしておいてください」
S先生が「うちの子でさえも」と言ったことが
なんかちょっとイラッと来ましたが
長男は
すでに何回もスイミングで合宿を行なっているので
自分の身支度はできたし
特に浮かれると言ったことはないと思って聞いていました。
なんでここでS先生の話を書いたかというと…
後にS先生が何度も大きく関わってくるからです。
この先生を覚えておいてください。
修学旅行の日程は
長男の誕生日の日からでした。
元気に楽しそうに出かけていきました。
帰宅後
「楽しかった?」と聞くと
「ずっとK先生に怒られていた。
僕がしたことじゃないことも全部僕のせいにされた。
違うと言っても
絶対に僕がやったと怒られて
正直に言え、謝れと言われたけど
謝らなかったらますます怒られた」と。
何が起こったのかと思いました。
楽しみにしていた修学旅行で何があったのかと。
すぐにK先生に何があったのか聞きましたが
「私は怒ってないですよ。
◯くん(長男)がそう思い込んでるんじゃないんですか?」と
とぼけられました。
長男は何度聞いても同じように答えます。
怒られたと…
そこから10日ほどしたある日。
朝、居間の横の部屋で寝ている子供達たちを
いつものように起こすも
長男に元気がない。
支度が進まない。
「具合悪いの?」
「学校に行きたくない。
学校に行くくらいなら死んだほうがいい」
突然のことで驚きましたが
私は動揺を見せないようにしました。
「いいよ、行かなくて。おやすみしよう。
ご飯食べる?」
「食べない。」
「じゃお布団でゴロゴロしてていいよ。
◯ちゃん(娘)と◯くん(次男)の支度しちゃうから。
気にしないでね」
長男のことを気にしながらも
長男の連絡帳に「体調不良で欠席」と書き
それを娘に持たせて
とりあえず2人を登校させました。
次男を車で送り
学校から戻ってくると
長男は眠っていました。
眠れないほどではないんだと
少し安堵しましたが
長男は前の日からのトータルで
17時間くらい眠り続けました。
この日から長男の過眠が始まりました。
毎日毎日起きている時間は数時間。
ひたすら眠っているようになりました。
そしてどんどん長男の状態は悪くなっていきました…
絵画展の表彰式で。
大きなステージでも堂々と振る舞える長男。


